指揮者の山田和樹が、2026年4月より東京芸術劇場の音楽部門 芸術監督に就任し、新プロジェクト「山田和樹 & 東京芸術劇場 交響都市計画」をスタートさせる。その第1弾として、26年5月に水野修孝(しゅうこう)作曲の「交響的変容」を取り上げる。11月11日に記者懇談会が行われ、山田が本作への意気込みを語った。

水野修孝の「交響的変容」(1962-87)は、クラシック音楽、ジャズ、民族音楽などの要素を含んだ合唱入りの交響曲で、演奏時間は3時間におよぶ大作。1992年に岩城宏之指揮、総勢700名以上の演奏家が出演して幕張メッセイベントホールにて初演。その編成と演奏時間ゆえに再演不可能とされてきた幻の作品で、今回が34年ぶりの全曲演奏となる。
「芸術監督とは発破をかけて、どんどん無茶ぶりをしていくことがひとつの大きな役割」と語る山田。その「無茶ぶり」の第1弾として水野修孝の「交響的変容」を取り上げるのにはいくつかの思いが込められている。
まず選曲について、「91歳の水野先生はとてもお元気で、営業上手な方。お会いするたびに他の作品の一覧表をくれて、そのリストには交響的変容も入っていました。先生の目の前でぜひ自分の手によって演奏したい」と蘇演の機会を探っていたという。
「コンサートホールの中で、もう一回演奏を実現することができて、そして採算性も考えた上で興行として成り立つようにすることで、この作品だけでなく、他の再演不可能なものにも光を当てることにつながっていきます」

また劇場の未来も考えてのことだ。
「小学6年生の時にはじめてこの劇場を訪れ、コンサートホールに行くための長いエスカレーターを見て、そこに“未来”を見出しました。未来を見せる場所が劇場にあるというのは素晴らしいこと。そこでゼロから何か作り出すということももちろん必要だけれども、先人に頼るのが近道。芸劇としてはこれからどんどんキャンバスからはみ出していこうと、つき抜ける作品として選びました」
これまでも邦人作品を積極的に取り上げてきた山田だが、水野作品も2021年に日本フィルの定期演奏会で交響曲第4番を演奏している。
「交響曲第4番を演奏したときに、自分が作曲したと思ったんですよ。何か僕の身体からこのハーモニーやリズムが生まれているんじゃないかと。もし作曲の才能があったら、まさにこの曲を書いている、という想いが僕の中にあって、これは交響的変容にも同じことが言えます。
交響的変容はすべてが規格外で、時間と空間を超えていくような未来型の作品であると思っています。ある意味、枠組みとかキャンバスを超えて突き抜けてしまう。私のなかでの水野先生は、音楽界における岡本太郎的存在です」

初演はメッセ仕様で、合唱団だけでも1000人が望ましいと書かれていたというが、今回は初演の内容ほぼそのままに、コンサートホール内で行えるサイズにアレンジして上演される。現時点ではオーケストラが約100名、合唱が約150名、演奏は読売日本交響楽団に、初演を務めた太鼓奏者・林英哲、東京混声合唱団、栗友会合唱団が参加。全音楽譜出版社が全面的に協力し、この伝説的な作品に挑むことになる。
「今回嬉しかったのは、初めて先生のご自宅に潜入することに成功したんです! 仕事部屋を開けたときは、ドラえもんのどこでもドアを開けるような感覚でしたね。ここで作曲しているのかと、だからこういう作品が書けるんだと腑に落ちたんです。
先生には、合唱のサイズ感など、東京芸術劇場内でやれるようにするためにアレンジしてよいかをお尋ねし、『すべてお任せします』と力強いお言葉をいただきました。『やったー! これでいける』と、この言葉がない限り再演は不可能なので」
「交響的変容」は4部構成で、各部に副題が付けられている。演奏指示書があり、「まずはそれを解読するところから始まった」。チラシにはその第4部の一部の指示書が掲載されているのでぜひ手にとって見てほしい。

本作の見せ場はその第4部、初演時には観客が驚いたという、合唱団が客席に向かって迫ってくる演出があった。そこから6群に合唱団が分かれ、それぞれが違う民族音楽などを歌う「カオス」へとつながっていく。ここでは今回、総勢9人の指揮者で演奏する。
「合唱団がほぼ走りながら、歌いながら客席に向かって突進してくる、恐怖でしかなかったと思いますよ。幕張メッセだったから簡単にできるのですが、舞台上にいる合唱を客席に下ろすのは至難の業。そこまでの恐怖を生み出せないかもしれませんが、いま頭をひねっています。
そのカオスの部分は音楽の全体像を把握することはもはや誰にも不可能なんですね。指揮者一人では制御できないので、その分かれた合唱団に指揮者6人、オーケストラのために3人、最低9人の指揮者が必要になります。 本来はもう他に10人、計19人の指揮者を用意するように書かれています。それは先生無茶だなと思いますが、ここは見た目としても面白いと思います」

初演時の1992年はバブル崩壊後の時期。2026年に上演する意義を問われると、ヨーロッパで活動する山田ならではの回答が返ってきた。
「ヨーロッパに住んでいると日に日に世界が変わっていることも肌身に感じていて、この作品を今やることで単純に、芸劇でやるお祭り的な思いと同時に、僕一人の力じゃどうにもならないけれど、やはりどこかで人が一つになれないか、国境を越えられないか、という思いを巡らせます。違いをぶつけ合うことで消化しようとした水野先生の作品を通して、調和が見えてくる。さらに、そこに個人的に平和的な光が見えてくるんです」
プロジェクト名の「交響都市計画」(英語名ではHarmonic City Project)は、劇場空間のあり方を考えてのことだという。
「コンサートホールが活動を広げていくにあたって、単に社会の中にホールがあってみんな来てね、というだけでは不十分な時代になってきています。音が響き合うとか、人が混じり合うとか、そういう意味で《交響都市計画》という言葉がとてもいい。 交響的変容は、芸劇の初心に帰る思いで、これからのコンセプトを表すものとしてやっていきたいです。 いろんなことに巻き込まれ、巻き込んでしまう幸せもあるのかなと、頑張って仕掛けていきたい。第2弾、第3弾もご期待ください」
山田和樹&東京芸術劇場の新たな船出となる水野修孝作曲の「交響的変容」、26年5月を期待して待ちたい。

山田和樹&東京芸術劇場 交響都市計画
水野修孝/「交響的変容』
2026.5/10(日)12:00 東京芸術劇場 コンサートホール(16:30終演予定)
2025.11/29(土)発売
出演
山田和樹(指揮・プロデュース/東京芸術劇場 次期芸術監督(音楽部門))
読売日本交響楽団
東京混声合唱団、栗友会合唱団(合唱指揮:栗山文昭、碇山隆一郎)
林 英哲 (太鼓)
武藤厚志(ティンパニ/読売日本交響楽団)
水戸博之(総合監修)
曲目
水野修孝「交響的変容」(1962-87)
第1部「テュッティの変容」(1978)
第2部「メロディーとハーモニーの変容」(1979)
第3部「ビートリズムの変容」(1983)
第4部「合唱とオーケストラの変容」(1987)
問:東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296
https://www.geigeki.jp

