世界最高峰のオペラハウス、メトロポリタン歌劇場(MET)の煌びやかなサウンドを支えるMETオーケストラが6月、音楽監督のヤニック・ネゼ=セガンとともに13年ぶりの来日を果たす。同公演は当初2022年に予定されていたがコロナ禍で実現できず、待望の日本公演となる。3月下旬、ネゼ=セガンとMET総裁ピーター・ゲルブのオンライン会見が行われた。
ゲルブは、20世紀最高のピアニスト ウラジーミル・ホロヴィッツの晩年にマネージメントを担当する。その後、音楽プロデューサーとして活躍し、やがてソニー・クラシカルの社長も務めるなど、ビジネスマンとしても輝かしい経歴を誇る。2006年にメトロポリタン歌劇場の総支配人に就任し、3,800席を超える大劇場の責任者としてオペラ界の革新をリードし続けてきた。日本でもお馴染みの「METライブビューイング」も彼が始めた試みだ。映画館のスクリーンに映し出される迫力の映像と高音質のサウンド、ついさっきまでステージで歌っていたスター歌手が幕間に息を切らしながらインタビューに答える姿は、オペラファンに新鮮な驚きを与えた。また、欧州の劇場に比べ比較的コンサバティブなプロダクションが多かった印象だが、コロナ禍後は、《めぐりあう時間たち》のような映画(元は小説)をオペラ化したり、MET史上初の黒人の作曲家による作品を上演したりと思い切った方針を示してきた。
今回は、ネゼ=セガンに続き、MET総裁 ピーター・ゲルブのインタビューを紹介したい。
—— コロナと戦争によって、METはどのような影響を受けましたか?
経済的な面でパンデミックの影響を受けました。しかし皮肉なことに、メトロポリタン歌劇場は今、芸術的な波に乗っていると思います。ご存知のように、《ロメオとジュリエット》に出演したネイディーン・シエラとバンジャマン・ベルネームという2人の偉大な歌手や、《運命の力》のリーゼ・ダーヴィドセン、また、韓国の素晴らしい新人テノール歌手、ソクジョン・ベクなど、若く輝かしいオペラスターの新しい時代が始まっています。
—— 劇場の運営面としてはいかがでしょうか?
経済的には、最高の時代ではありません。ご存じのとおり、事実上、政府の助成金がないアメリカでは、民間の慈善活動に頼って、年間3億ドル以上であるMETの運営費と、興行収入や映画館でのチケット販売(ライブビューイング)による収入との差額を補っています。映画館への配信は、18年前に私のもとで始まったプログラムであり、METの地平を広げることで芸術的な成功を収めているだけでなく、収益の面でも成功しています。
私はMETのトップとして、芸術面とともに、ビジネス面も考えなくてはなりません。そして、コロナ禍以降、経済的な課題はより大きくなっています。コロナ禍においては、人々がオペラハウスや映画館に行くことを恐れていたために、収益の低下に苦しみましたが、それは改善されてきています。しかしその間に、私たちは多くの経済的な拠り所を失ったので、収入とコストの差額を補うには、これまで以上に多くのお金を調達するためのファンドレイジングをしなければなりませんでした。インフレも大きな要因です。現在はすべてにおいて以前よりもコストがかかります。装置などの制作コストも高騰し、今は非常に困難な時期です。その一方で、芸術的には素晴らしい成功を収めています。この芸術的成功が、経済的な安定につながると私は考えています。当然のことながら、私たちが芸術的な成功を収めれば、より多くの人々が私たちをサポートしたいと望むからです。
—— 芸術的に、新しい作品を制作する努力をされていて、そのいくつかは大きな成功を収めていらっしゃるようですね。
まあ、その答えは諸刃の剣だと思います。おっしゃるとおり、新しい聴衆が急増しています。今シーズン(2023〜24年シーズン)において、これまでMETに来たことがなかった66,000人の新規チケット購入がありました。彼らは概ね、新しい作品に惹かれてやって来ます。私たちは、今日の観客に訴えるタイムレスな古典と、今日的な主題を扱う新しい作品とのバランスを取るよう、努力しています。
確かに年配の観客の間では、意見が分かれています。彼らの中には、オペラは決して変わるべきではないと考え、ゼッフィレッリが演出した《ラ・ボエーム》と《トゥーランドット》はオペラの頂点であり、その後は何も変わるべきでないと考える聴衆もいます。一方で、変化を受け入れている年配の観客もいます。若い観客は上演の歴史を知らないので、先入観を持たず、何に対してもオープンです。でも、アメリカで寄付をする最も裕福な人々、3桁の億万長者の人々の中で、舞台芸術に興味を持っている人は非常に少数です。そこで、観客層をより若く新しい世代に拡大すると同時に、寄付者の層にこういった3桁の億万長者を取り込みたいと考えています。それは容易なことではありませんが、1つ非常に明確なことがあります。それは、リスクを冒すことなく新しい一歩を踏み出さないと、オペラは死んでしまうということです。リスクを冒すことは本質的には明らかに危険ですが、“リスクを冒さないというリスク”はすべての中で最大のリスクです。なぜなら、新たな挑戦をせずオペラは1950年代に止まったという考えを受け入れてしまうと、未来にチャンスはないからです。すべての芸術は、持続していくために進化しなければなりませんが、オペラも例外ではないのです。
—— 新しい人々、才能の投入という点では、ミュージカルからも素晴らしい才能を引き入れているように見えます。ケリー・オハラもその1人だと思います。日本では、ミュージカルには大勢の観客がいるが、オペラはそうではないとよく言われます。METはこの2つの芸術形式を組み合わせることで、ある程度の成功を収めているようですが?
それは少々不正確だと思います。私たちはミュージカルを上演しようとしているわけではなく、オペラを軽視したり単純化したりすることに興味があるわけではありません。我々は、観客の知的な想像力を掻き立てるだけでなく、感情を揺さぶることを目的とした作曲家に興味を持っています。
モーツァルトであれ、ヴェルディであれ、プッチーニであれ、ワーグナーであれ、すべての作曲家、史上最高の作曲家が大衆的な成功を収め、聴衆に感情的な影響を与えたいと思ったのと同じように、これらの作曲家は皆、聴衆が楽しんで初めて(オペラという)芸術形式が成功することを理解していた作曲家たちです。大衆の受容と成功を、芸術、少なくともパブリックアートから切り離すことは不可能です。
あなたがおっしゃったケリー・オハラは興味深いケースです。彼女はブロードウェイの偉大なスターですが、オペラ歌手としても訓練を受けていました。そして彼女はブロードウェイの歌手としてではなく、マイクを使わないオペラ歌手としてMETで歌うために雇われることを受け入れてくれました。そのことに感謝したいです。彼女はおそらく、METのステージで歌うのに十分な大きさの声の持ち主で、オペラの訓練を受けた唯一のブロードウェイの歌手だと思います。それが、彼女が《メリー・ウィドウ》で成功した理由であり、《コジ・ファン・トゥッテ》のデスピーナを歌い、そして昨年登場した新しいオペラ(ケヴィン・プッツ《めぐりあう時間たち/The Hours》)で成功した理由です。この作品は、昨シーズン、興行収入で最大のヒットとなりました。
—— 日本のファンにメッセージをお願いします。
私は日本が大好きです。私の最初の仕事の1つは、ボストン交響楽団での仕事でした。それは、小澤征爾氏が音楽監督だった時代で、私はプロモーションディレクターでした。その後、アシスタント・マネージャーに就任し、彼がボストン交響楽団の音楽監督として初めて日本に帰国した時も、同行しています。
今回の日本公演も待ち遠しいです。METオーケストラのメンバーが本当に興奮しているのがわかります。ヤニックが言っていたように、楽員の多くは新しく、若いメンバーが増えました。彼らにとっては初めての日本訪問となります。これは彼ら全員にとって素晴らしい経験になるでしょう。
ヤニック・ネゼ=セガン指揮 METオーケストラ来日公演2024
2024.6/22(土)【プログラムA】
6/23(日)【プログラムB】
各日15:00 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
2024.6/25(火)【プログラムA】
6/26(水)【プログラムB】
6/27(木)【プログラムA】
各日19:00 サントリーホール
問:クラシック事務局0570-012-666
【プログラムA】
ワーグナー:歌劇『さまよえるオランダ人』序曲
ドビュッシー:歌劇『ペレアスとメリザンド』組曲 (ラインスドルフ編)
バルトーク:歌劇『青ひげ公の城』 (演奏会形式・日本語字幕付)
(メゾソプラノ:エリーナ・ガランチャ、バスバリトン:クリスチャン・ヴァン・ホーン)
【プログラムB】
モンゴメリー:すべての人のための讃歌 (日本初演)
モーツァルト:アリア「私は行きます、でもどこへ」「ベレニーチェに」(ソプラノ:リセット・オロペサ)
マーラー:交響曲第5番
https://www.met-japan-tour.jp
METライブビューイング
グノー《ロメオとジュリエット》
上映期間:5月10日(金)~5月16日(木)
プッチーニ《つばめ》
上映期間:5月31日(金)~6月6日(木)
プッチーニ《蝶々夫人》
上映期間:6月21日(金)~6月27日(木)
※一部の劇場で上演期間の延長あり。
https://www.shochiku.co.jp/met/