明哲たるピアニストが誘う“ドイツ・ロマン派”の豊穣
東誠三の東京文化会館でのリサイタルは今年で8回目。今回は「ドイツ・ロマン派の世界」をテーマに据えた。
「『古典派』や『ロマン派』といった時代区分は後世の人たちが便宜上分けたものですが、ここで整理をしておくと、古典派の芸術には均整の取れた配置・構成美があります。それを音楽で徹底的に追求したのがベートーヴェンですね。主題、反復、展開を非常に巧みに配置し、ソナタ形式を通じて人間の生理に訴えた。そして後期にはカンタービレ=歌うような感情表現によってロマン派の芽生えを感じさせました。それを受け継いだのがシューマンとブラームスです」
シューマンの「幻想曲」には、その流れが色濃く反映されているという。今回のリサイタルの最後に演奏する作品だ。
「シューマンは若い頃にピアノ作品を集中して残していますが、『幻想曲』は実質的にはピアノ・ソナタであり、彼の作品の中ではもっともバランスの取れた均整美のある作品です。ただし、冒頭は途中から開始したかのようなハーモニーを長く響かせ、夢のような不思議な展開を聴かせます。さらに文学から大いに触発されたシューマンは、グリム童話が描いたようなドイツ昔話の世界、伝説的な物語へといざないます」
ブラームスはベートーヴェンの構築力と、シューマンの文学的世界とを、晩年のピアノ小品集に結実させたという。
「晩年の作品は、幻想的な世界へと逃避する長さ・深さ・広さが増します。今回演奏する『3つの間奏曲集』op.117は、第1曲がまさにドイツ昔話的な子守唄、第2曲は漠然とした不安を霧のように漂わせる音楽。第3曲は結論の出ない迷い。激した表情はどこにもありません」
ドイツ・ロマン派は一方で、ワーグナーが全く異なる音楽観で「ヨーロッパ昔話の世界」を描いた。リサイタルの前半は《タンホイザー》より〈巡礼の歌〉や、《ローエングリン》の前奏曲などをリスト編曲版で取り上げる。
「ワーグナーは非常にユニークな展開や、わかりやすく誇らしげな音楽表現によって『伝説の世界』を描きました。その独特な時間感覚を、リストがピアノで体験できるように表現しています。それを少しでもお伝えできるように演奏したいですね」
ひと口に「ドイツ・ロマン派」といっても、その奥深さをあらためて実感できるプログラムだ。
「こうした作品と対峙するには、乞食から王様まで、狂人から聖人まで、奏者は何でも演じ切るメンタルが必要ですが、当時の優れた芸術家たちの感じていたことに近づけるのは、やはりありがたいことですね。ぜひ会場でお楽しみいただければと思います」
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2024年4月号より)
東 誠三 ピアノ・リサイタル
2024.5/12(日)14:00 東京文化会館(小)
問:ムジカキアラ03-6431-8186
https://www.musicachiara.com