3種の楽器と2つの視座でみせるバロック音楽の豊穣
博士号(音楽・チェロ)を持ち「三刀流奏者」として活躍する気鋭のアーティスト島根朋史。4年ぶり2枚目の彼のアルバム『AU-DELÀ —憧憬の紡ぎ』は、驚くほど内容豊かだ。
大バッハ、C.F.アーベル、F.クープラン、M.マレら6人の18世紀作品を、三種類の楽器で奏でている。「一見、多種多様な作品が入り乱れているかのように思われますが、チェロ奏者としての大先輩であり、時を超えた同僚のような存在でもあるジャン=ルイ・デュポール(1749〜1819)を軸にすることで、すべてが繋がって見渡すことのできるCDです」とは、“奏法史研究”と“演奏活動”を両輪とする島根ならではの視点。デュポールとの関わりを綴ったジャケットの挨拶や解説文も面白く、実に興味深い。
タイトルの「AU-DELÀ(オドゥラ)」とはフランス語で《越えたところで》という意味。収録曲の多彩さも並ではないが、例えばいつもは低音パートで支える立場のクープランの楽曲を、今回は小型のトレブル・ガンバで自ら旋律パートを歌ったり、ベルトーやバリエールのチェロ・ソナタではチェンバロ、テオルボ、2台目のチェロにヴィオローネ・ダ・ガンバという通常を「超える」贅沢で豊かな編成の響き! バッハの無伴奏組曲第2番では繰り返し部分に自らの装飾を自然に散りばめて、従来のバッハ演奏を一味「超えて」もいる。
「ピリオド演奏も以前は“作曲者”の意図や初演時の再現に主眼が置かれていたけれど、今は当時の“演奏家”と同じ視点に立ち、どうやって聴き手を楽しませるかに取り組む時代かもしれません」。「バッハのリピート部分を強弱やスラーの変化だけで演奏するのはもったいない。2回目はさらに面白くしたいですよね」、と新時代の旗手は意欲に燃えている。
「私自身、聴いていて音そのものから“憧れ”が感じられる音色を目指していて、それは直接的にはS.イッサーリスや師の一人、A.ビルスマの出すガット弦の音なんです。チェロもガンバも憧憬を感じられる音を目指しています」と、サブタイトルに込めた思いも語ってくれた。収録曲で一番こだわったのはガンバとテオルボで演奏するマレの「戯話」という小品。この曲は、何度も共演し、この録音にも参加予定だったリュート奏者、故・金子浩氏へのオマージュを込め、繰り返される主題を装飾ではなく音の表情の変化で描いたと言う。「想い出が年月を経て巡ってきた時の感慨として聴こえる工夫をしました」。確かにその味わいは格別で、ガンバの楽器としての魅力も染みわたる。
音楽史と演奏の要素が見事なバランスで融合した秀逸なる一枚。
取材・文:朝岡 聡
(ぶらあぼ2023年12月号より)
島根朋史 ソロ・リサイタル 2024【発売記念】
2024.2/21(水)14:00 18:30 昭和音楽大学 ユリホール
問:ムジカキアラ03-6431-8186
https://is.gd/xaZ7bW
CD『AU-DELÀ―憧憬の紡ぎ』
コジマ録音
ALCD-9257
¥3300(税込)