【GPレポート】東京二期会オペラ劇場
ロッテ・デ・ベア演出《ドン・カルロ》

エレガントな音楽作りとリアリティ溢れる演出で描く群像劇

中央:木下美穂子(エリザベッタ)

 《ドン・カルロ》。許されぬ恋、父と子の相克、嫉妬と裏切り、男同士の友情・・・・・・と、人物関係が複雑に交錯した心理劇であり、政治的対立や宗教がからんでの権力闘争までが描かれた大作である。それだけに、すぐれた6人の歌手がそろう必要があり、壮大なドラマを弛緩させない力がある指揮者や演出家も不可欠なので、簡単には上演できない。
 東京二期会の《ドン・カルロ》は、4幕版での上演が多いなかで、あえて5幕版を選択し、壮麗かつ緻密な音楽で聴き手をぐいぐいとドラマに引き込んだ。よこすか芸術劇場で9月30日に上演後、札幌文化芸術劇場 hitaruで10月7日、8日、東京文化会館で13日、14日、15日。取材したのは城宏憲がタイトルロールを歌う組の最終総稽古(ゲネラルプローベ)である。
(2023.9/28 よこすか芸術劇場 取材・文 香原斗志 写真提供:東京二期会 撮影:寺司正彦)

左:城 宏憲(ドン・カルロ) 右:清水勇磨(ロドリーゴ)  
手前左:加藤のぞみ(エボリ公女) 右:守谷由香(テバルド)
左:城 宏憲(ドン・カルロ) 右:木下美穂子(エリザベッタ)

 最初に感心したのは1990年生まれのイタリアの俊英、レオナルド・シーニの指揮ぶりだった。東京フィルハーモニー交響楽団を率いて、ヴェルディの音楽を躍動させつつも、品位ある自然な響きを導き出し、終始エレガンスを維持した。ドラマのなかで縦横に交錯する各人物の複雑な感情は、こうした音楽を得てはじめて、ダイレクトに客席に届けられる。

 一方、ウィーン・フォルクスオーパーの芸術監督ロッテ・デ・ベアの演出は、生々しさが身上だ。たとえば第1幕、礼砲がスペインとフランスの講和を告げると、まだ婚約者同士であるカルロとエリザベッタは、ベッド上で抱き合いはじめる。ところが、ベッドの前に現れた人たちが、エリザベッタの結婚相手はカルロの父、フィリッポII世になったことを告げ、カルロは打ちひしがれて、そのまま第2幕に流れていく。ベッドという生々しい道具立てが、複雑な状況を見えやすくすると同時に、ドラマを先へと導く推進力にもなっている。

中央:妻屋秀和(フィリッポII世)

 エリザベッタ役の木下美穂子は、叙情的な声のなかに強い意思を感じさせる表現だった。ドン・カルロ役の城宏憲は、欧米でこの役を歌うテノールにくらべると少し軽めのリリックな声だが、そのぶん若い王子のさまざまに屈折する心情が、リアルに表現されたといえる。

 そのカルロの前に現れた清水勇磨扮するロドリーゴ。日本人離れした発声で、無理に声を押さなくても、響きが自然に前へと流れていく。ロドリーゴという役はもう少しエレガンスがあるとさらに良いが、ヴェルディが書いたバリトンの諸役で、これから大いに期待できそうな大器である。

手前左:狩野賢一(宗教裁判長)

ドラマのツボを押さえ歌を活かすシーニの指揮

 圧巻だったのは、スペインを拠点に欧州で活躍する加藤のぞみが歌ったエボリ公女。第2幕第2場の「ヴェールの歌」は、深い響きにリリックな心地よさも共存し、なによりも上質な声があらゆる音域で均質に保たれている。リズム感もふくめて表現もスタイリッシュで、桜の木の下に佇む女性たちの美しい場面ともマッチしていた。

 また、先を述べてしまうと、第4幕のアリア「呪わしき美貌」も名唱だった。エボリの後悔と一縷の希望が、深く艶やかな声に滲んだまま、高音の連続を畳みかけるように、しかもエレガンスを維持して歌われた。不覚にも涙が溢れた。

 シーニの指揮もこういう場面に深みを加える。ツボを押さえ、要所を適切に盛り上げるのだが、歌の邪魔は一切しない。声が重なる場面では管弦楽の音量を絶妙に抑えて、歌をしっかり聴かせるのである。こうした配慮が歌手を助け、ひいては演奏全体の質を引き上げていることはいうまでもない。

 第4幕でアリア「一人寂しく眠ろう」を歌う場面で、フィリッポII世はエボリと一緒にベッドに入っていて、2人の複雑な感情を示す細やかな動きをともないながら、アリアが歌われる。フィリッポII世役の妻屋秀和はいつものように深く安定した歌唱で、そこに屈折した感情がたくみに乗せられている。デ・ベアの演出ならではの生々しい場面だが、シーニによる端正で品位がある音楽がからむことで、それが突出せず、絶妙なバランスが保たれている。

 まだまだ書きたいことは尽きないが、演出のネタバレはこの程度にしておいたほうがいいかもしれない。休憩を含めて4時間20分、どこにも弛緩がなく、観る(聴く)側の緊張感が緩むこともなかった。

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Information

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東京二期会オペラ劇場《ドン・カルロ》新制作

 
2023.9/30(土)13:00 よこすか芸術劇場
10/7(土)、10/8(日)各日14:00 札幌文化芸術劇場 hitaru
10/13(金)18:00、10/14(土)14:00、10/15(日)14:00 東京文化会館

 
指揮:レオナルド・シーニ
演出:ロッテ・デ・ベア
 
フィリッポII世:ジョン ハオ(10/8、10/13、10/15) 妻屋秀和(9/30、10/7、10/14)
ドン・カルロ:樋口達哉(10/8、10/13、10/15) 城 宏憲(9/30、10/7、10/14)
ロドリーゴ:小林啓倫(10/8、10/13、10/15) 清水勇磨(9/30、10/7、10/14)
宗教裁判長:狩野賢一(9/30*、10/8、10/13、10/15) 大塚博章(10/7、10/14)
修道士:畠山 茂(10/8、10/13、10/15) 清水宏樹(9/30、10/7、10/14)
エリザベッタ:竹多倫子(10/8、10/13、10/15) 木下美穂子(9/30、10/7、10/14)
エボリ公女:清水華澄(10/8、10/13、10/15) 加藤のぞみ(9/30、10/7、10/14)
テバルド:中野亜維里(10/8、10/13、10/15) 守谷由香(9/30、10/7、10/14)
レルマ伯爵&王室の布告者: 前川健生(10/8、10/13、10/15) 児玉和弘(9/30、10/7、10/14)
天よりの声:七澤 結(10/8、10/13、10/15) 雨笠佳奈(9/30、10/7、10/14)
6人の代議士(全日出演):岸本 大、寺西一真、外崎広弥、宮城島 康、宮下嘉彦、目黒知史

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

※よこすか芸術劇場公演に宗教裁判長役で出演を予定していた大塚博章 は、体調不良により出演ができなくなりました。
代わって同役には狩野賢一が出演いたします。

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net

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