演出のロッテ・デ・ベアが語る東京二期会オペラ劇場《ドン・カルロ》

「人間は権力とどう向き合うか」をリアルに届ける

ロッテ・デ・ベア

 この秋、注目のオペラは数多いが、見逃せないのが東京二期会によるヴェルディ《ドン・カルロ》(新制作)だろう。二期会創立70周年を記念したシュトゥットガルト州立歌劇場との提携公演で、世界の第一線に接することができる。

 そのひとつは、1990年に生まれたイタリアの若き天才、レオナルド・シーニの指揮だ。21年に東京二期会の《ファルスタッフ》で、シャープで闊達な演奏を披露して以来、2年ぶりに来日する。
 もうひとつは、ウィーン・フォルクス・オーパー芸術監督でオランダ生まれの女性演出家、ロッテ・デ・ベアである。2015年にインターナショナル・オペラ・アワード最優秀新人賞に輝いてから、注目を一身に浴びる最先端の演出家。複雑な世界情勢下で生きるわれわれに、アクチュアルなメッセージを届けてくれるはずだ。

 9月30日、よこすか芸術劇場でのプレミエののち、10月7日、8日に札幌文化芸術劇場 hitaru、13日、14日、15日に東京文化会館大ホールで上演される。今回、稽古を見学したのち、デ・ベアへの囲みインタビューが実現したので報告したい。

徹底してリアリスティックな演出

 稽古を見て感じるのは、あらゆる場面が細かく作り込まれ、歌手たちにはかなりリアルな演技が求められていることだ。たとえば、第4幕のフィリッポⅡ世の有名なアリア。

 前奏がはじまるとき、フィリッポは(愛人の)エボリ公女と並んで寝ている。エボリが起き上がり、ベッドから出てフィリッポの様子を窺うと、ふたたびベッドに入る。そのときフィリッポが寝返りを打ち、上半身を起こす。横になるエボリの脇でフィリッポは歌いはじめ、立ち上がるが、またベッドに手をついて座る。そこでエボリが起き上がり、フィリッポの肩越しに両手を伸ばしてしなだれかかると、フィリッポは彼女の手をつかむ。だが、いったん自分の前に座らせ、彼女の首のうしろに手を置くと、力を入れて床に突き倒す。

 以上の動きののちにようやく、フィリッポは「一人寂しく眠ろう」と歌い出す。一瞬たりとも落ち着けないフィリッポと、振り回されるエボリの苦悩。歌手たちは何度も繰り返しながら、演技をリアルに掘り下げていく。

左:清水華澄(エボリ公女) 
右:ジョン ハオ(フィリッポII世)
左より:妻屋秀和(フィリッポII世)、加藤のぞみ(エボリ公女)、ラン・アーサー・ブラウン(振付)
自ら実践して演技指導をするロッテ・デ・ベア(中央)

 じつは、デ・ベアはペーター・コンヴィチュニーのアシスタント時代の2011年、東京二期会の《サロメ》のために来日しており、「いつかこの国で自分の演出をするのが夢だったので、叶ってうれしい」と話す。

 夢を抱いた理由だが、「ヨーロッパでは出演者が、演出家の指示に『そういうことはしたくない』と主張することがよくありますが、日本のみなさんはやる気満々で、いろんなことにトライしてくれます。それは特別なことです」。

 では、《ドン・カルロ》をどんな作品ととらえているのか。
「原作者のシラーが描きたかったのは、人間は権力とどう向き合うか、ということ。カルロ自身は繊細な人間で、権力争いには向きません。だから、なにをしていても孤独を感じています」

アクチュアルな表現と音楽の一体化

 そんな作品をいま上演する意味を、どこに見出しているのだろう。
「権力は過去のものではありません。このオペラのなかで起きることは、何百年も前のできごとでも、現在起きていることと変わりません。では、どう演出するか。この舞台を初演した2019年当時、アメリカでトランプ大統領とマイク・ペンス副大統領が、権力を行使して女性の権利を奪うようなことが、現実に起きていました。そこで考えたのは、40年後という設定にすれば、自然災害をはじめ困難が次々と起きるなか、強い権力が出現しうるということです。たとえば、家族がいて普通に仕事をしている一人の女性が自由を奪われ、厳しく拘束されながら生活する、という姿を表現できるのではないかと」

 だからこそ、描写がリアルであることがデ・ベアには重要なようだ。
「私はいつもふつうの人間を表現したいと思っています。舞台に、たんにオペラ歌手が立っているだけでは、心臓が動いている一人の人間とは感じられません。生々しい一人の人間をリアルに表現するのが私の演出です」

中央左:ロッテ・デ・ベア 中央右:カルメン・クルーゼ(演出補)
左:城 宏憲(ドン・カルロ)

中央:小林啓倫(ロドリーゴ)、樋口達哉(ドン・カルロ)

 もう少し詳しく語ってもらうと。
「オペラを演出する際、私が最初に考えるのは、なぜこの作品を上演するのか、ということです。そのうえで、どの時代に設定し、場面をどう作り、どんなスタイルにするかを考えます。こうしてビジョンを固めてから稽古場に持ち込み、歌手と仕事をしながら、それを観客に感じさせる手立てを考えます。その結果、歌手がだれかの人生を生々しく生きることになり、それが観客に届くのです」

 リアルな表現と音楽との一体化。デ・ベアにはそれができている。
「オペラの音楽は、たとえ百年前に書かれたものでも、大きな波のように魂をダイレクトに伝えます。私はサーファーのようにその波に乗り、物語や感情を波に乗せ、観客の魂に届けたい。それが演出家の仕事だと思っています」

 最後に、ヴェルディのオペラを上演する意義をあらためて尋ねると。
「すごく好きな作曲家で思いは尽きません。作品には常に人間が存在し、スケールの大きな音楽が、あらゆる人間が生きる社会を包み込みます。そして、人々のいろんな感情が渦巻き核心に向かって突き進んでいく。私が愛してやまない理由はそこにあります」

 《ドン・カルロ》におけるさまざまな人間模様が、どうリアルに描かれ、われわれの魂に強い衝撃をもって届くことか。本番が楽しみでならない。

取材・文:香原斗志

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Information

二期会創立70周年 記念公演 シュトゥットガルト州立歌劇場との提携公演
東京二期会オペラ劇場《ドン・カルロ》新制作

2023.9/30(土)13:00 よこすか芸術劇場
10/7(土)、10/8(日)各日14:00 札幌文化芸術劇場 hitaru
10/13(金)18:00、10/14(土)14:00、10/15(日)14:00 東京文化会館

指揮:レオナルド・シーニ
演出:ロッテ・デ・ベア

フィリッポII世:ジョン ハオ(10/8、10/13、10/15) 妻屋秀和(9/30、10/7、10/14)
ドン・カルロ:樋口達哉(10/8、10/13、10/15) 城 宏憲(9/30、10/7、10/14)
ロドリーゴ:小林啓倫(10/8、10/13、10/15) 清水勇磨(9/30、10/7、10/14)
宗教裁判長:狩野賢一(9/30*、10/8、10/13、10/15) 大塚博章(10/7、10/14)
修道士:畠山 茂(10/8、10/13、10/15) 清水宏樹(9/30、10/7、10/14)
エリザベッタ:竹多倫子(10/8、10/13、10/15) 木下美穂子(9/30、10/7、10/14)
エボリ公女:清水華澄(10/8、10/13、10/15) 加藤のぞみ(9/30、10/7、10/14)
テバルド:中野亜維里(10/8、10/13、10/15) 守谷由香(9/30、10/7、10/14)
レルマ伯爵&王室の布告者: 前川健生(10/8、10/13、10/15) 児玉和弘(9/30、10/7、10/14)
天よりの声:七澤 結(10/8、10/13、10/15) 雨笠佳奈(9/30、10/7、10/14)
6人の代議士(全日出演):岸本 大、寺西一真、外崎広弥、宮城島 康、宮下嘉彦、目黒知史

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

※よこすか芸術劇場公演に宗教裁判長役で出演を予定していた大塚博章 は、体調不良により出演ができなくなりました。
代わって同役には狩野賢一が出演いたします。

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net
※配役の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

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