実力派ピアニストが「初対決」で創り出す新たな響き
二人のトップソリストを招き、ピアノ同士の対話や化学反応を聴く、東京芸術劇場の人気シリーズ「VS(ヴァーサス)」。シリーズ7回目となる今回は、同世代の日本のピアニストを代表する実力派、河村尚子が登場。共演相手に選んだのは、ロシアの名手、アレクサンドル・メルニコフだ。
二人は12、3年前から面識があったというが、本格的な共演はこれが初めて。
「お互い日本にいる時、新宿のワインバーで会ったのが最初です(笑)。彼はソロはもちろん、ヴァイオリンのイザベル・ファウストとの共演、さらにフォルテピアノも弾きこなすなど、幅広く活躍されています。これまで何度か会い、一度、宿泊先にたまたまあった電子ピアノで連弾したことはありましたが、共演機会はありませんでした。そこに『VS』のお話をいただき、ぜひ尊敬する先輩と共演してみたいと思ったのです。
ピアノ奏法にはいわゆる流派がありますが、彼は数ある伝統的な奏法をいくつも融合させて、自分の納得いく音楽を突き詰めている方。私も、ドイツで育ちロシア人の先生に学んだので、似た考え方を持っています」
冒頭は、河村も得意とするシューベルトから、4手連弾のマスターピースである「幻想曲」。作曲家が没した31歳の年に書いたこの作品に、何を感じるのだろうか。
「連弾曲には一般的に家庭用のやさしい曲が多いですが、これは簡単ではなく、音楽家による演奏が想定されているのではないかと思います。広く好かれようというより、その時の精神や想いを音楽で正直に表そうとした作品なのでしょう。
当時のシューベルトは、気分にも波があったはずです。20代から病を抱え、しかもそれが性病ですから、若者として精神的な落ち込みも大きかったと思います。『幻想曲』は死を感じる沈んだ曲想ですが、同時にシンフォニックな構成が際立ち、4手ならではの音の分厚さが魅力の作品です」
ドビュッシー「海」とラフマニノフ「交響的舞曲」は、オーケストラ版に加え、作曲家自身がピアノ版を書いているもの。
「ピアノの音にはユニバーサルな魅力がありますよね。オーケストラとはまた違う、音色が揃ったピアニスト二人ならではの表現を楽しんでいただけると思います」
では逆に、ピアニスト同士の共演の難しさはどこにあるのだろうか。
「まさにその、“音色を合わせる”ことだと思いますね。ピアニストはそれぞれ全く違うタッチを持っていて、一言に柔らかいタッチといっても感覚はそれぞれ。ディスカッションしながら、そこを調和させることが必要です」
その意味で、メルニコフとはどんな初共演になりそうだろうか。
「こればかりはやってみなくてはわかりません。分かり合えるかもしれないし、それこそ“VS”、戦いになるかもしれません(笑)。彼はピアノデュオの経験が豊富なので、もちろん最終的にはうまくいくと思いますけれどね。普段、一人で弾くことが多いピアニストにとって、他の人のピアノを聴きながら演奏することは、自分にはない音の出し方やタッチをあらためて知るいい機会になります。新鮮で嬉しい企画です」
当日、蓋を開けてみなければ何が起きるかわからない、生きた音楽を奏でる名ピアニストのコラボレーション。その相乗効果で創り出す世界に、期待しよう。
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2023年10月号より)
芸劇リサイタル・シリーズ「VS」 Vol.7
河村尚子 × アレクサンドル・メルニコフ
2023.11/14(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
問:東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296
https://www.geigeki.jp
他公演
2023.11/12(日) 山形/白鷹町文化交流センター AYu:M(あゆーむ)(0238-85-9071)
11/17(金) 兵庫県立芸術文化センター(小)(0798-68-0255)