INTERVIEW 荒川文吉(オーボエ)

ベルリン・フィルでの経験を経て、見つめる視線の先には

東京フィルハーモニー交響楽団の首席オーボエ奏者を務める荒川文吉。東京藝術大学在学中に同楽団に入団し、その後、厳しいオーディションを勝ち抜いた極めて優秀な若手奏者が集うベルリン・フィルの教育機関「カラヤン・アカデミー」の一員として研鑽を積む。若き俊英は世界最高峰のオーケストラのステージで何を感じたのだろう? 帰国後も東京フィルの一員として活躍を続ける彼に、自身のルーツ、ベルリン時代、これからについて話を聞いた。

人生を変えたイングリッシュホルンの音色

――音楽との出会いを教えてください。

 一番最初に始めた楽器はピアノなんです。小学1年生のときに母親がピアノを習いに行くことになって、それで家に楽器がやってきました。せっかくだから僕と妹も始めて、妹は早々に脱落したんですけど(笑)。
 小学4年生の頃からは吹奏楽部にも入りました。

――吹奏楽部では何の楽器を?

 先輩が叩くドラムがかっこよくて、打楽器をやっていました。ただ次第にオーケストラに興味を持つようになって、打楽器はなんか違うなと(笑)。そんな時にオーケストラ鑑賞教室で《ウィリアム・テル》序曲のイングリッシュホルンのソロを聞いて、「なんだこの楽器は!」と雷に打たれたような衝撃を受けました。それがオーボエをはじめるきっかけですね。
 その後「中学に入ったらオーボエをやりたい」って言っていたそうで、おそらく親もそれは知っていて。僕の通う中学校には、学校が所有する楽器としてファゴットはあったんですけどオーボエはなかったんですね。楽器はないけど「やりたい、どうしよう」って言っているとサンタクロースが楽器をプレゼントしてくれました(笑)。小学6年生のクリスマスに我が家に届いたので、中学校ではそれをもって「僕楽器持ってるんで入れてください」って(笑)。

夢はオーケストラ・プレイヤー

――プロを意識するようになったのはいつ頃からですか?

 小学校の作文にもオーケストラの奏者になりたいって書いていたようで、だったら音大を目指そうと。たまたま母校に教えに来られていたクラリネットの村井祐児先生のご紹介で、N響の池田昭子先生に楽器の組み立て方から教えてもらいました。
 池田先生も藝大出身、村井先生は教授だったので、お二人の出演する演奏会を聴きに藝大に行くこともあって、自然と藝大を目指す流れでした。

――藝大に進まれた後、東京フィルとはどのような出会いがあったのでしょうか?
 
 初めてプロオーケストラのエキストラに行ったのが東京フィルで、大学4年生の夏でした。その年の日本音楽コンクールに入賞してからは首席でも呼んでもらえるようになって、翌年1月の首席オーディションに合格しました。当時は東京フィル以外のオケに行ったこともなく、初めて受けたオーディションで採用してもらえて、トントン拍子に進みました。オーケストラとは何たるかを東京フィルに教えてもらい、育ててもらいました。

本拠地東京オペラシティにて、東京フィルの仲間達と(荒川さん提供)

――オーケストラの首席奏者に就任して、そのまま日本で活動する方も多いと思います。そこからなぜ留学を?

 留学にも元々興味があって、オーケストラに入ってから勉強に行こうと考えていました。
 入団3年目の夏に10日くらい休みができたので、ヨーロッパに遊びに行って。その時の印象がすごく良くて、留学への想いが高まりました。帰ってきてからはすぐに「自費でも構わないので、来年留学に行かせてください!」と東京フィルの皆さんにお願いしました(笑)。
 藝大時代に受けたジョナサン・ケリー(ベルリン・フィル首席オーボエ奏者)のレッスンが素晴らしかった記憶があり、留学への想いが高まっていた頃、再び来日したジョナサンに録音や手紙を渡して相談しました。その時にカラヤン・アカデミーの存在を教えてもらい、受験も考えるようになりました。

――カラヤン・アカデミーのオーディションに合格した時はどんな気持ちでしたか?

 合格すると思っていなかったので、オーディションでは緊張せずに演奏できました。前日にベルリンに着いて、なんだかわからないうちに吹いて、そうしたら一次試験に通って(笑)。
 審査員はベルリン・フィルのオーボエセクションだったのですが、すべての審査を終えたジョナサンが僕の肩をたたいて「Your life has changed」と言って去っていったんですね。その時は何のことかわからなかったのですが、結果発表で合格を知り、実感がないまま飲みに行きました(笑)。
 帰りの飛行機で実感がわいてきて、緊張してきたのを覚えています。アカデミーは2017年から2年間で、9月にベルリン・フィルのステージにはじめて立ちました。

2022年のアンサンブル・ウィーン=ベルリン来日公演の打ち上げにて。
ジョナサン・ケリーと(荒川さん提供)

ベルリンでの刺激的な日々

――ベルリン・フィルはどんなオーケストラでしたか?

 とにかく楽しい! 団員さんもみんな音楽を楽しんでいました。攻めた演奏なんですけどシビアな感じではなく、「こんなピアニッシモ出しちゃおう」「俺もっと」みたいな(笑)。

――特に印象に残っている演奏会を教えてください。

 マーラーの交響曲第6番を演奏した、ラトルの退任演奏会ですね。一つの時代が終わるのを会場全体が感じているような異様な空気でした。ラトルがベルリン・フィルで初めて振ったのがマーラーの6番で、就任当時を知るメンバーの醸し出す雰囲気からも特別な演奏会なんだと思いました。楽屋でリードの調整をしようとナイフを握ったら手がぶるぶる震えて、自分の緊張度合いにもびっくりしました。
 ハーディングの指揮で演奏したR.シュトラウスのアルペン・シンフォニーも印象的でした。ベルリン・フィルがアルペン・シンフォニーをやると、本当にアルプスにいるみたいに感じるんです(笑)。一番覚えているのが嵐のシーンで、ウインドマシーンの箇所があるんですけど、舞台上で本当に嵐が吹き荒れているかのような音の洪水で、鳴っているはずのウインドマシーンの音が聞こえなかったんですね(笑)。音に飲み込まれるような感覚で、音楽から風景が見える演奏でした。

ベルリン・フィル本公演にて。
左より:アルブレヒト・マイヤー、荒川さん、ドミニク・ヴォレンヴェーバー(荒川さん提供)

――カラヤン・アカデミーにはどんな人たちが来ていましたか?

 アカデミーには世界中から若い音楽家が集まっていて、英語が話せない人もいたり、かなりインターナショナルです。そういった意味で自分も物怖じせず取り組めました。
 アカデミー生は団員のレッスンがいつでも無料で受けられます。室内楽をするときには弦楽器の先生にみてもらうこともありました。ベルリン・フィルの本公演にも出演できますし、リハーサルから公演まで、いつでも見学することができます。
 それ以外にアカデミー生だけのコンサートもあります。ベルリン・フィルのリハーサルが午前中と、長いお昼休憩をとった後との2部構成なのですが、休憩中にアカデミーのリハーサルが入ったりして、大変なスケジュールの時もありました。
 同年代の世界的に優秀な人たちと友達になれたことが財産です。

アカデミー生最後の公演終了後、フィルハーモニーの楽屋にて。
左より:ジョナサン・ケリー、荒川さん、ドミニク・ヴォレンヴェーバー(荒川さん提供)
ベルリン、フィルハーモニーの舞台裏にて。
オーボエ界の大スター、フランソワ・ルルーと(荒川さん提供)

経験して「今」感じること、そしてこれから

――留学を経験して、これからどんな演奏家になりたいですか?

 日本人の演奏は最初から合わせる方向にいきがちですね。それも美しいのですが、みんながリスクを取って攻めた演奏をし、結果合うのが面白いと思っていて、そういった演奏ができる雰囲気を自分から作っていくように心がけています。せっかく若いうちにオーケストラに入れてもらって、いろいろ経験させてもらったので、守るべきものは守りつつ、周りに対して提案できる奏者になりたいですね。

――若くして夢を叶えていらっしゃいますが、次の夢は?

 プレイヤーとしてまだまだやりたいことはあるのですが、こんなに早いうちに色々経験させてもらったことは、自分が上手くなる以上に次の世代に還元しないといけないと思っています。教えることも自分には向いていると思っているので、いずれはやりたいですね。

取材・文:編集部

取材を終えて
オーボエの他にもマイクを持ったら離さないことで評判の荒川さん。ご自身も歌は大好きで、カラオケではサザン、ユーミン、松田聖子なども歌うのだとか。ベルリン時代の師ジョナサン・ケリーも声楽を学び、そのテクニックをオーボエの演奏に取り入れていたようで、荒川さんの歌ごころ溢れる演奏には歌からの影響もありそう。今後また違った角度から彼の演奏を聴いてみると、新たな発見があるかもしれません。

荒川文吉(オーボエ)
 東京藝術大学卒業。同大学院音楽研究科修士課程修了。修了時に大学院アカンサス音楽賞受賞。
 これまでにオーボエを池田昭子、広田智之、青山聖樹、小畑善昭の各氏に師事。
 第82回日本音楽コンクール第2位ならびに岩谷賞(聴衆賞)受賞。第31回日本管打楽器コンクール第1位ならびに文部科学大臣賞、東京都知事賞受賞。Fernand Gillet-Hugo Fox Oboe Competition 2015第2位(日本人過去最高位)。The Muri Competition 2019(スイス)第1位及び聴衆賞受賞(日本人初入賞)。
 2017年9月より、アフィニス文化財団海外研修員としてベルリンへ留学。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の「カラヤン・アカデミー」に在籍。ジョナサン・ケリー氏に師事。2018年のサイモン・ラトル音楽監督退任演奏会を含む、多数のベルリン・フィル本公演に出演。
 2014年、大学4年在学中に東京フィルハーモニー交響楽団に入団。現在、同楽団首席オーボエ奏者。
「Trio Explosion」、「上野チャルメーラ」、「東京ダブルリード本舗」メンバー。


Concert Information】
ダブルリードアンサンブルの妙技 ~東京・名古屋夢の共演~
〈東京公演〉
2023.8/28(月)19:00 紀尾井ホール
〈名古屋公演〉

9/12(火)18:45 名古屋/三井住友海上しらかわホール

出演
名古屋ダブルリードアンサンブル
東京ダブルリード本舗

曲目
ガブリエリ(山本直人編):第7旋法による8声のカンツォン 第2番
ワーグナー(長山航編):歌劇《ローエングリン》より「エルザの大聖堂への行列」
ロッシーニ(ゲヴァウアー他編):オペラ《セビリアの理髪師》より〈私は町の何でも屋〉(Fg四重奏)
モーツァルト(山本編):アヴェ・ヴェルム・コルプス
リード(山本編):アルメニアン・ダンス パートⅠ
福田洋介:生々流転[世界初演]
レスピーギ(長山編):交響詩「ローマの松」

パシフィック・コンサート・マネジメント03-3552-3831(8/28)
http://www.pacific-concert.co.jp
クラシック名古屋052-678-5310(9/12)
https://clanago.com