取材・文:高坂はる香
約1週間にわたって行われた Shigeru Kawai 国際ピアノコンクールは、ニコラス・ジャコメリさん(イタリア、24歳)が優勝。また、第2位にはガオ・ミャオさん(中国、24歳)と佐川和冴さん(日本、24歳)が入賞し、第3位は該当者なしという結果となりました。
第1位 ニコラス・ジャコメリ(イタリア) 24歳
第2位 ガオ・ミャオ(中国) 24歳/佐川和冴(日本) 24歳[演奏順]
第3位 該当者なし
第4位 キム・ジヨン(韓国) 27歳
第5位 竹田理琴乃(日本) 29歳
第6位 今井理子(日本) 22歳
8月5日に行われた2台ピアノ版の協奏曲によるファイナルでは、モスクワ音楽院教授のアンドレイ・ピサレフさんとパーヴェル・ネルセシヤンさんがセカンドピアノで共演。ピアノ好きにとっては、恒例のこのお二人によるオーケストラパートの演奏がまず聴きどころの一つだったといえるでしょう。カワイさん、国際コンクールに挑戦する優秀な生徒さんがたくさんいて、普段からレッスンで伴奏する機会も多いであろう名教授兼名ピアニストを招くというのは、絶妙のアイデアであります。
ちなみに、ファイナリストが弾いていた第1ピアノは2021年のショパンコンクールで使われていたピアノ、第2ピアノは先の仙台コンクールで使われていたピアノだったそうです!
ファイナルでは、名ピアニストによる“一人オーケストラ”の上で、6人の若いファイナリストたちが思い思いの音楽を奏でていました。
なかでも特に印象的だったのは、やはり優勝したジャコメリさんによるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。共演のアンドレイ・ピサレフさんのなめらかで艶やかな前奏に続いて、ジャコメリさんがそれに引けをとらないつやのある音で入ってきた瞬間が、特に記憶に残ります。最後は、むしろ巨体のオーケストラとの共演では無理だろうというスピード感とともに、熱いクライマックスを迎えていました。
2位となったお二人は、そもそも選んだ曲のタイプが全く違ったこともありますが、ピアニストとしてもとても異なる個性の持ち主。プロコフィエフの3番を弾いたガオ・ミャオさんは、堂々とした音でのびのびとスケールの大きな音楽を展開。一方の佐川和冴さんは、ベートーヴェンの4番を選択し、一歩一歩、確かに進んでゆくような、想いのこもった音で強い印象を残しました。
さて、ここでは上位に入賞したファイナリストの中から、優勝したニコラス・ジャコメリさんと、日本人として第2位と聴衆賞を受賞した佐川和冴さんのコメントをご紹介します。
ニコラス・ジャコメリさん
── 優勝おめでとうございます。
本当に嬉しいです。Shigeru Kawai のピアノで演奏するのは本当に楽しかったですし、そのうえ第1位を受賞できて光栄です。今、本当に幸せです。
── ピアノをとても上手く鳴らしていらっしゃいましたね。
Shigeru Kawai ピアノは、去年優勝したShigeru Kawai ピアノコンクール イタリア-スペインでも演奏していますから、とても素晴らしい楽器だということは知っていました。豊かな音量を楽に鳴らすこともできるし、同時に柔らかい音も簡単に出せるので、とても気に入っています。ダイナミックレンジが広いのがこの楽器のいいところだと思います。
── 楽器も良かったとは思いますが、あのようなツヤのある音を出すには、あなたならではのテクニックの秘密があるのかなと思いました。
確かに他のピアノでもできますよ! でも、今日の場合は Shigeru Kawai が僕を助けてくれました。たくさんの可能性を感じる楽器でしたね。
── ジャコメリさんの演奏は、何にもとらわれない自由さを感じます。お若い頃はイモラ音楽院で学んでいらしたということですが、あなたの音楽が今のようになったのは、その時の教育の影響でしょうか?
はい、イモラでは13年間、レオニード・マルガリウス先生に師事していました。僕の演奏方法に大きな影響を与えたのは、間違いなく彼です。
ただ、僕がかなり自由に演奏するようになったのは最近のことなんです。イタリアで学んでいた頃は、別の先生のところに行くたびに、「こうするといい、ああするといい」と違うことを言われて、それぞれ異なる意見には同意しないし、それじゃあ自分は結局どうすべきなのだろうと疲れてしまうところがありました。
それであるときから、自分の好きなように演奏をしようと思い始めたのです。僕の演奏が自由になったのは、それからですね。今はパリ音楽院とローマのサンタ・チェチリア音楽院で勉強しています。
── 自分の道を見つけたのですね。
そうですね、自分の道を見つけようとしています。もしかすると少し自由すぎるかもしれない……時にはやりすぎかもしれない(笑)。日本のコンクールで評価してもらえるのだろうか、受ける意味があるだろうかと思ったりもしました。
でも、僕はこれからも自分の表現を見つけるために努力していきたいと思っています。
佐川和冴さん
── 第2位、おめでとうございます。今のご気分は?
自分が今できることを精いっぱいやった結果なので、少し悔しいところはありますが、受け入れています。まだこれからいろいろ経験を積み、勉強していかなくてはと思っています。
── どのプログラムも、とても弾きたくて弾いてるという感じが伝わってくる演奏でした。
そうですね(笑)。ファイナルの曲目は、去年の時点ではチャイコフスキーの1番にしようと思っていたのですが、1年の延期が決まって、いま自分が大切にしているレパートリーはベートーヴェンの4番だったので、こちらで臨むことにしました。音数が少ない作品だからこそ、届けられるもの、届く音も変わってくるかなと思いながら、大好きなベートーヴェンを心を込めて演奏しました。たまたま同じ曲が続いたのには驚きましたけれど。
── 2台ピアノでコンチェルトを演奏してみて、いかがでしたか?
2台ピアノ版の演奏は、細かいこともアイコンタクトやブレスで通じ合いながら演奏できるので、オーケストラと共演するより密に一つの音楽を作ることができ、楽しかったです。リハーサルも3回あって、自分が思うことも伝える機会がありました。ネルセシヤン先生から少しアドバイスをいただくこともできて、すごくいい経験になりました。
僕は正直、パウゼで弾いた Shigeru Kawai のほうが好きだったので、コンチェルトの会場のピアノは少し重めでうまく音が飛んでいるか心配になるところもありました。でも、あのホールは弱音もよく通りそうだったので、開き直って、自信を持って演奏に臨むようにしました。
植田克己審査委員長のことば
今回のコンクールでは、7名の先生方が審査にあたりました。
ある審査員の先生が、序盤のラウンドについて「変わった解釈をする一見おもしろいタイプと、真面目な演奏をするタイプとが混在しているので、そのバランスがちゃんととれている人をしっかり見極めないといけなかった」と回想していましたが、ファイナルに残ってきたのはそんな、両方の要素を備えたピアニストたちだったように思います。
「だからこそ審査は大変だった」という植田克己審査委員長。おなじみのやさしげな笑顔と穏やかな口調で語られた若いピアニストたちへの共感、ズキュンと核心をつくお言葉を、ここにご紹介したいと思います。
最後の一言など、ピアニストだけでなく、全てのジャンルで頑張りたい人に通じることですね。
Interview 植田克己 審査委員長
── 優勝したジャコメリさんは、どのようなところが評価されたのでしょうか?
個人的には、1次予選のときからとても強い印象を受けていました。いくつか曲を並べて組んでいたプログラムを見ると、私には彼がそれを選んだ理由がよくわかりましたし、その作品、作曲家に対して、「こういうアプローチで向かおう」という姿勢がよく伝わりました。これは、できるようで、なかなかできないことだと思います。それも、各ステージで全然違うものを見せてくれましたから。私はそこを高く評価しました。
── やはり自分の音楽があるということが大事なのですね。
そうですね、視点がすごくしっかりしてる方だなと思いました。ピアノって、曲も多いし、音の数も多くて弾いていると楽しいですけれど、それだけでなく、彼の場合はしっかり方向性を持ってピアノに向き合っていることがよくわかります。みなさんそれぞれが素晴らしかった中で、ジャコメリさんはその点が際立っていたのではないでしょうか。
── 2位にはお二人が選ばれました。
お二人それぞれ、各ラウンドで一生懸命弾いていることが伝わり、こちらも一生懸命聴こうという気持ちになる演奏だったと思います。
佐川さんは、どのラウンドでも、彼の一生懸命さがステージから客席によく届きました。彼は、自分が楽しむということ、息を吐きながら演奏するということを意識してピアノに向かえているのかもしれません。ますます素晴らしいピアニストになっていくだろうと思っています。
ミャオ・ガオさんは、とりわけファイナルのプロコフィエフが素晴らしいと思いました。その曲を愛して、うち込んで、その作品の可能性を広げよう、少しでも魅力を引き出そうとしていることがよくわかりました。その意味で、出色の演奏だったかもしれません。
お二人とも上位に入って、私はほっとしてるところがあります。
── 審査結果については、先生方みなさんの意見がすんなりとまとまった感じでしょうか?
そうですね……あまり詳しくは申し上げられませんけれども、審査員、みんな苦しんで出した結論だということだけお伝えしたいと思います。3位なしという結果にも表れている通り、すんなりと決まったわけではないということですね。
── 植田先生が若いピアニストの演奏をお聴きになって、「良いピアニストだ、才能がある」と感じるのは、どんな方なのでしょう。
これは私の個人的な価値観であり、あるいは自分の憧れなのだろうとも思うのですが、作曲家に対して、作品に対して、自分のアプローチをはっきり示すことができる人ですね。その評価が、受け取る側でわかれる、好き嫌いがあるということは、芸術の世界のことなので、私はあって当たり前だと思います。むしろそれがないということは、おしなべてみんなが平均的に聴こえる演奏をしているということになりますから。
そういうものを自分で突き破ろうとして力を発揮する人というのが、これからどういう世界でも、自分の道を切り拓いていけるのではないかと思います。
取材協力・写真提供:Shigeru Kawai 国際ピアノコンクール
第4回 Shigeru Kawai 国際ピアノコンクール
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♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/