バロック・オペラの傑作に国内外の豪華ソリストたちが挑む
オペラから「ワーグナーとヴェルディが失くしたもの」がある。それは「歌のお洒落」。19世紀前半までは、楽譜の細部を歌い手が自由にアレンジすることができ、その「アレンジ術」が能力を測る物差しにもなった。つまりは、男女問わず、オペラ歌手はメロディを自分なりに飾って客席を魅了したわけだが、それは、豪華な衣裳にアクセサリーが欠かせないのと同じこと。着け過ぎると野暮ったいが着けないのもおかしい。役の個性に応じた装飾センスが、歌手に求められた。
この表現法は、カストラート(去勢歌手)が台頭するにつれてより重要視されたもの。男の肺活量を武器に、女声を超える燦めきを放つ彼らは、「これでもか!」と華々しく歌い上げたという。となると、相手役のソプラノも負けるものかとテクニックを披露する。往時の人々は、彼ら彼女らの競争意識も楽しみに歌劇場に集った。現代人の筆者もそれを好む一人である。
そうした声の装飾術を上手く操った一人が、18世紀の大作曲家ヘンデルである。彼が1724年にロンドンで発表したオペラ《ジュリオ・チェーザレ》は、武将チェーザレ(シーザー)とクレオパトラの恋物語を、複雑な人間模様を交えて描いた傑作であり、初演の際は、題名役だけでなく、女王の野心家の弟トロメーオや従者ニレーノもカストラートが担当した。そうした役柄はいま、男性が裏声で歌うカウンターテナーが一般的に担当するが、今回のバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の舞台では、きりっとした声音のティム・ミードが主役を務め、柔らかさが光るアレクサンダー・チャンス(トロメーオ)と響きに温かみが宿る藤木大地(ニレーノ)が参加。指揮者・鈴木優人の声選びが効いた配役になっている。
そして、さらに注目したいのが、ソプラノ森麻季の女王役。英国での演奏経験も多い彼女は、現地のファンからも「なんと挑戦的なの!」と驚かれたというぐらい、大胆な装飾を披露するが、世界三大美女の一人を演じるとなれば、より華やかに、でも知的に歌い上げるに違いない。ほかにも、美しい未亡人コーネリア役のアルト、マリアンネ・ベアーテ・キーラントや武人アキッラ役のバリトン大西宇宙、将軍の忠臣クーリオ役のバスバリトン加藤宏隆、青年セスト役のソプラノ松井亜希といった、喉の技と情熱をふんだんに有する名手たちにも大いに期待できそう。また、今回はセミ・ステージ形式上演(演出:佐藤美晴)なので、歌の動きが身体表現にしっとり絡むさまもぜひお見逃しなく!
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2023年8月号より)
2023.10/11(水)16:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp
他公演
2023.10/7(土) 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール(0798‐68-0255)
10/14(土) 神奈川県立音楽堂(チケットかながわ0570-015-415)