3年ぶりの上演!
東京二期会オペラ劇場《椿姫》が開幕

最高の管弦楽に支えられたこのうえない声の饗宴

中央:種谷典子(ヴィオレッタ)

 19世紀半ばにヴェルディが、それまでのオペラの常識を打ち破って、同時代の社会の裏側に生きる高級娼婦をヒロインに、心の葛藤を生々しく描いた《椿姫》。最愛の人との別れを強いられ、苦しみながら命を蝕まれていくヴィオレッタの悲劇は、あらゆる瞬間が観客の心を激しく揺さぶる。
 すぐれた演奏に恵まれ、とりわけヴィオレッタ役のソプラノに逸材を得ると、感動は無限に深まるが、東京二期会オペラ劇場の《椿姫》が、まさにそういう舞台だった。会場は東京文化会館で、上演日は7月13日、15日、16日、17日(ヴィオレッタ役は13日、16日が谷原めぐみ、15日、17日が種谷典子)。その後、滋賀、富山、鳥取でも上演される。今回、取材したのは種谷組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)である。
(2023.7/12 東京文化会館 取材・文:香原斗志 撮影:長澤直子)

左:山本耕平(アルフレード)

 前奏曲から管弦楽の音の密度が違う。「カルロス・クライバーの再来」ともいわれる英国出身のアレクサンダー・ソディーが指揮する読売日本交響楽団は、引き締まった音で悲劇を予兆させた。そして速めのテンポで曲折が表され、リズムが強調される。オーケストラがドラマをダイナミックかつ繊細に運び、聴き手はその迫真性に飲み込まれる。

 ヴェルディのオーケストレーションに緩さが指摘できるが、ソディーはそこを逆手にとって、デュナーミクの幅を大きくもうけ、鋭さも加えながら、描かれた状況や感情をたくみに掘り下げていく。しかも、歌手たちの歌唱にしっかり寄り添いつつ、同時に理想のテンポに巻き込んでいく。そのあたりの加減が絶妙である。

 歌手も力を出しやすかったと思われるが、それにしても種谷のヴィオレッタには驚かされた。舞台姿は美しく可憐で適役だが、声はそれ以上だった。

左:黒田 博(ジェルモン)
左:磯地美樹(アンニーナ)

 第1幕のアリアは、前半の〈ああ、そはかの人か〉で、予期しなかった心のときめきがていねいに表現された。その際、声の運びに無理がなく、じつに自然である。その気持ちを振り切ろうとする〈花から花へ〉では、声が一気に花開いた。コロラトゥーラは鮮やかで、響きは自然に広がって、輝きが添えられる。息に声を自然に乗せられているから、やわらかさを維持したまま美しく広がるのだ。楽譜にはない最高音のEsも、厚い響きと自然な輝きに満ちていた。

心打つ激しい感情表現、けっして崩れない歌唱


 第2幕のジョルジョ・ジェルモンとの二重唱では、声をかなり強く打ち出しながら、歌い崩れるところが少しもない。フォルテで歌っても響きの底にやわらかさがたもたれるので、強い感情が表現されているのに耳に心地いい。

 ジェルモンを歌ったのはベテランの黒田博。黒光りするような日本人離れした美声は、ヴィオレッタに息子との別れを迫る父親役に理想的だった。そして、感情の起伏を美しく、かつ痛切に表現する種谷の歌唱が、黒田が表現する尊大な田舎紳士と絶妙にからみ合って、この長大な二重唱は、あらゆる感情がつめこまれて磨き上げられた、芸術的な坩堝と化した。

 そしてアルフレードを歌った山本耕平。このところ歌唱をどんどん磨き上げている山本だが、この日はとりわけ冴えていた。艶がある硬質な美声による端正な歌唱で、長くまっすぐに歌われるレガートに気品がある。この直線的な歌唱こそ、直情的なアルフレードそのものである。アリアもいいが、たとえば第2幕第2場の、ヴィオレッタに札束を投げつける場面。アルフレードらしい直情が、激しくも美しい。そして、統率された合唱および管弦楽と一体になることで、緊迫した場面がすぐれてオペラティックに表現されて圧巻だった。

 第3幕もヴィオレッタの感情は美しく深まっていった。二重唱〈パリを離れて〉のあとは、絶望に裏打ちされた激しい感情が表現されながら、種谷の歌唱は少しも崩れない。そういう歌唱表現は、すぐれた歌手にしかできない。そこに、やはり歌い崩しのない山本の艶のある声がからみ、管弦楽も感情の一端であるかのように声を支える。

 これほど濃く、しかもバランスがいい《椿姫》には、なかなか出会えない。演奏に加えて舞台も美しい。「もう一度観たい、聴きたい」と思いながら、会場をあとにした。

Information

二期会創立70周年記念公演
東京二期会オペラ劇場《椿姫》

2023.7/13(木)18:30、7/15(土)14:00、7/16(日)14:00、7/17(月・祝)14:00 東京文化会館
7/22(土)14:00 びわ湖ホール

指揮:アレクサンダー・ソディー
管弦楽:読売日本交響楽団(東京)、日本センチュリー交響楽団(滋賀)
再演演出:澤田康子

出演
ヴィオレッタ:谷原めぐみ(7/13, 7/16) 種谷典子(7/15, 7/17, 7/22)
フローラ:小泉詠子(7/13, 7/16) 郷家暁子(7/15, 7/17, 7/22)
アンニーナ:藤井麻美(7/13, 7/16) 磯地美樹(7/15, 7/17, 7/22)
アルフレード:村上公太(7/13, 7/16) 山本耕平(7/15, 7/17, 7/22)
ジェルモン:今井俊輔(7/13, 7/16, 7/22) 黒田 博(7/15, 7/17)
ガストン:大槻孝志(7/13, 7/16) 岸浪愛学(7/15, 7/17, 7/22)
ドゥフォール:小林由樹(7/13, 7/16) 髙田智士(7/15, 7/17, 7/22)
ドビニー:山下浩司(7/13, 7/16) 北川辰彦(7/15, 7/17, 7/22)
グランヴィル:峰 茂樹(7/13, 7/16) 三戸大久(7/15, 7/17, 7/22)
ジュゼッペ:山中志月(7/13, 7/16) 岩鶴優太(7/15, 7/17, 7/22)
仲介人:岸本 大(7/13, 7/16, 7/22) 宮下嘉彦(7/15, 7/17)
ダンサー(全日出演):内山智恵、輝生かなで、鈴木萌恵、千葉さなえ、玲実くれあ
           岩下貴史、岡崎大樹、上垣内 平、谷森雄次、宮澤良輔
合唱:二期会合唱団

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
  びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136(7/22のみ)
http://www.nikikai.net
*24年1月に富山と鳥取公演あり。配役の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

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