石上真由子こだわりの自主プロジェクト、最強メンバーを迎え60回記念公演を開催!

ベートーヴェン若き日の傑作2作を聴く

八面六臂の活躍が続くヴァイオリニストの石上真由子さんが、自ら立ち上げた Ensemble Amoibe の室内楽自主公演シリーズ。仲間とともに繰り広げる密度の高いアンサンブルが聴衆の支持を集めてきました。2023年8月、腕利きの管楽器・弦楽器奏者たちを迎えて節目の第60回公演が行われます。

文:小室敬幸

 この6年ほどだろうか? ヴァイオリニスト石上真由子の演奏を継続的に聴き続け、強く感じるようになったのは彼女の“こだわりの強さ”と“妥協のなさ”だ。「なんだそんなこと、プロフェッショナルな演奏家なら当たり前じゃないか」と思われるかもしれない。だが石上の妥協のなさとこだわりは、演奏のクオリティに対してだけではなく、“どこで、誰と、何を演奏するか?”というコンサートの企画段階に至るまで徹底している。

 この曲をやるなら誰と演奏すべきなのか? はたまた、このメンバーが集まるなら何をやるべきなのか? 熟考の結果として生み出されたプログラムは、ただ名曲を並べただけでもない。珍しい曲目を並べるのでもない。それでいて絶妙に聴衆ひとりひとりの好奇心をくすぐるような企画ばかり。

Mayuko Ishigami ©平舘平

 そんなこだわりのつまったプログラムの魅力を伝えるため、彼女は長らくチラシのデザインを自らおこなってきた。そして今も演奏会当日に配られるプログラムノートは自分で執筆している。石上の企画する公演に足を運ばれたことがある方は、必ずや彼女の文章が印象に残っているはずだ。ちゃんと資料にあたった上で、その作曲家をどう理解し、どのように作品を読み解いていくのか? 彼女の思考プロセスを分かりやすく追えるので、共感度を高めた状態で私たち聴衆も演奏に向き合うことができる。こんなコンサート、なかなかない。

 もうひとつ、強く印象に残っているのは、シェーンベルクの弦楽六重奏曲である《浄夜》を演奏した際のこと。音楽のもとになったリヒャルト・デーメルのドイツ語の詩を彼女自らが日本語に訳して、プログラムに掲載していたのだ。今どき、声楽家による歌曲のコンサートでも珍しいぐらいだが、石上は私たち聴衆に「伝わること」を大事にし、そのためにはあらゆる労力をいとわぬ音楽家なのだ。

 これだけあれやこれやにこだわって演奏自体に求心力がなければ意味はないが、もちろんそんなことがあるはずもない。たとえば、今年2月に京都と東京で開催された Ensemble Amoibe vol. 58 では、珍しい編成(ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏)となるエルネスト・ショーソンのコンセールをメインプログラムに据えていたが、おもわず言葉を失うほど圧巻のパフォーマンスを披露した。弦楽四重奏のメンバーそれぞれが培ってきた、管弦楽での経験も活かされることで、わずか6人とは思えぬ巨大な音像を時に立ち昇らせつつも、室内楽でしか味わえない演奏家同士の密なコミュニケーションによって、単調さとは無縁の濃淡豊かな演奏が連綿と続いてゆく……。ホールに響き渡った熱のこもった拍手からは、石上の想いが聴衆に伝わっていることが明らかだった。

Ensemble Amoibe vol.58 公演(2023年2月)より

 Ensemble Amoibe の第1回公演は、2018年のこと。つまり、まだ6年目の半ばなのだが、8月におこなわれる次の公演で60回を数える。これから石上は Ensemble Amoibe を法人化し、「演奏家による、音楽のためのコンサート」というコンセプトを掲げるのだという。芸術にマーケティングが持ち込まれ、コスパ、タイパとなんでも効率が求められる時代だからこそ、そういった事柄にとらわれることなく演奏家が徹底的に音楽を追求できる場にしていくのだろう。

 そんな節目のvol. 60でメインプログラムに選ばれたのは、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが20代の終わりに作曲した七重奏曲 変ホ長調 作品20である。地味な曲だと思う方もいるかもしれないが、実はベートーヴェンの生前に最も人気を得た作品のひとつなのだ(その証拠に、現代でいえば違法アップロードにあたるような、ベートーヴェンの許可を得ていない楽譜が当時たくさん出回るほどだった!)。全6楽章で構成されており、モーツァルトによる弦楽のためのディヴェルティメントや管楽のためのセレナードの流れを汲む作品といえる。

左:石上真由子 上段:篠﨑友美、上村文乃、幣隆太朗
下段:アレッサンドロ・べヴェラリ、長哲也、福川伸陽

 編成とメンバーを紹介しよう。クラリネットは東京フィル首席のアレッサンドロ・べヴェラリ、ファゴットは都響首席の長哲也、ホルンは元N響首席の福川伸陽、ヴァイオリンはもちろん石上真由子、ヴィオラは都響首席の篠﨑友美、チェロはソリストとしても活躍する上村文乃、コントラバスはドイツのSWR交響楽団で15年以上活躍する幣隆太朗だ。管と弦の豪華な顔ぶれを揃えたこの七重奏は、まさにオーケストラを要約したものと捉えることもできるだろう。

 今回の公演では前述した七重奏曲の前に、優れたピアニストとしても活躍するがもともとは藝大作曲科出身である内門卓也によってベートーヴェンの交響曲第1番がこの七重奏編成に編曲したバージョンが演奏される。実は、交響曲第1番が初演されたベートーヴェンにとって初の自主公演には、七重奏曲もプログラミングされていた。そうした歴史的経緯を踏まえた選曲であると同時に、この2曲が並ぶことで七重奏曲が交響曲創作に繋がる重要なステップであることが視えて――いや聴こえてくるのではないか? そんな期待が公演前から高まる、実に石上らしいこだわりのプログラム。聴きに行かないという選択肢はないはずだ。

【Information】
Ensemble Amoibe vol.60 −ベートーヴェン 七重奏曲−

[東京]2023.8/14(月)19:00 トッパンホール
[京都]2023.8/15(火)19:00 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ(小) 台風の影響により延期となりました
【京都公演の延期公演日程】
2024.1/5(金) 19:00 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ(小)

ベートーヴェン:
交響曲第1番 ハ長調 op.21(七重奏編成版)(内門卓也 編)
七重奏曲 変ホ長調 op.20

◎出演
石上真由子(ヴァイオリン)
篠﨑友美(ヴィオラ)
上村文乃(チェロ)
幣隆太朗(コントラバス)
アレッサンドロ・ベヴェラリ(クラリネット)
長哲也(ファゴット)
福川伸陽(ホルン)

◎曲目
ベートーヴェン:
交響曲第1番 ハ長調 作品21(七重奏編成版[編曲:内門卓也])
七重奏曲 変ホ長調 作品20

お問い合わせ:mail@ensembleamoibe.com

Ensemble Amoibe
https://ensembleamoibe.com

石上真由子 公式サイト
https://mayukoishigami.com