2023 高坂はる香のピアノコンクール追っかけ日記 from テルアビブ 1
アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクール(Arthur Rubinstein International Piano Master Competition)は、イスラエル第2の都市で、経済・文化の中心地でもあるテルアビブで1974年から行われています。2023年に実施される国際ピアノコンクールのなかでも最も注目されるこのコンクールを、ぶらあぼONLINEでは現地からレポート! 2週間あまりの熱戦の模様を届けてくれるのは、コンクール・ウォッチャーにはお馴染みの音楽ライター、高坂はる香さん。まずは第17回のコンクールを展望します。
text:高坂はる香
20世紀のピアノの巨匠、アルトゥール・ルービンシュタイン。1887年、当時ロシア領だったポーランドのウッチに生まれ、前半生はパリやロンドンなどヨーロッパで暮らし、第二次世界大戦勃発以後はアメリカに住んで、アメリカ国籍を取得。そして1982年にジュネーヴで没しました。
ユダヤ人だった彼の遺灰は、本人の遺志によりエルサレムに埋葬されています。
そのようなわけで、ここイスラエルのテルアビブで、彼の名を冠したコンクールは行われています。1974年にスタートし、基本的に3年に一度開催。過去の優勝者には、ゲルハルト・オピッツ、エマニュエル・アックス、アレクサンダー・ガヴリリュク、そしてダニール・トリフォノフなどが名を連ねます。
前回2021年の回はコロナが明けかけのタイミングで、他のコンクールに先駆けて現地開催された形。とはいえ、1次と2次予選は世界各地5ヵ所での録画審査とし、ファイナルのみがテルアビブ、という特殊スタイルだったのでした。この回では日本の桑原志織さんが第2位に入賞して話題となりましたね。というわけで、今回は久しぶりの全日程現地開催です。
いわゆる“世界何大コンクール”と呼ばれるものに含めることは少ないかもしれませんが、ピアニストのキャリアにとって何か重要な意味合いを持つコンクールのようで、いつも出場者の顔ぶれは豪華。今回の出場者のごく一部を挙げると、先のジュネーヴ国際音楽コンクールで優勝したばかりのケヴィン・チェンさん(カナダ)、先のショパコン・ファイナリストのJJ ジュン・リ・ブイさん(カナダ)という18歳若手組、ショパン・コンクール第4位だったポーランドのヤコブ・クシュリクさん、すでに演奏活動もさかんなニコライ・ホジャイノフさん(ロシア)。日本からは黒木雪音さんと古海行子さんが参加します。
実ははじめは他にもお馴染みの顔ぶれがわりといたのですが、出場辞退となりました。コンクールをシンプルにいいピアニストのコンサートを聴けるチャンスとしてとらえていると、どうしても残念に思ってしまいますが、受ける側にとってコンクールはそんなにシンプルな話ではありません。本大会出場の三十数名に残るのも狭き門だったとしても、みなさんいろいろな事情があったり他のプランと天秤にかけたりして、決断されているようです。
審査委員長は、ピアノ界、コンクール界の重鎮、アリエ・ヴァルディさん。現在86歳ですがずっとお元気なイメージですね。かつてクライバーンの審査の常連だったヨヘヴェト・カプリンスキー先生や、ショパンコンクール審査委員長でおなじみのカタジーナ・ポポヴァ=ズィドロンさんも。そして日本からは小川典子さんが参加されます。
さて、こちらのコンクールの課題曲を見てみましょう。特徴は、とにかく自由。事務局長の独断による謎の指定曲がたくさんあった、この前のロン=ティボー国際音楽コンクールの真逆をいくスタイルです。時間は1次は35〜40分、2次(16人)は50〜60分。古典派の作品、ロマン派の作品、そしてイスラエル人作曲家の作品を、どこかに入れればOKという規定です。ちなみに3人の作品から選びます。これ、せっかく勉強したんだから弾きたいと思えば1次に入れるでしょうけれど、みなさんどんな決断をするんでしょう。
さらなる特徴は、ファイナル(6人)が長い*という点と、1次・2次とは対照的に曲の指定が細かい、というところ。ステージは、室内楽、古典派の協奏曲、(規模の)大きい協奏曲の3つ。
※注:コンクール公式ページにはStage III – FINALS(ハイフンはイコールの意味と思われる)という表記が見られますが、ファイナルという名称で統一します
おもしろいというか、どうやって事務局がマネージするのか心配なのは、室内楽の選択肢。普通のピアノトリオから管楽器入りのトリオ、ホルンやバスーンの入ったクインテットまで、編成バラバラです。何を選んだ人がファイナリストになるわからないから、とりあえずいろんな管楽器奏者に日程を空けてさらっておいてもらってるのかな…演奏しなくてもちゃんとギャラ払ってあげるのかな…このコンクールにそのお金あるのかな…という裏の事情のことが気になってしまう。
それはさておき、普段ピアニストにとって演奏機会の多くない管楽器とのアンサンブルを選んだら、音量や息継ぎなど、相手を聴いてコントロールすべきことがまた独特だと思うので、力の見せどころですね。
古典派の協奏曲のほうは、基本、指定のモーツァルトと、ベートーヴェンの1番、2番、そこにフンメルの3番と5番が加わってきます。もちろんこの時代の偉大な作曲家・ピアニストであった人物ですが、あまりコンクールで課題になる機会はありませんんね。
さらにもう一つの特徴が、これは以前もあったルールで、3分以下のアンコールを弾いていいというシステム。プロの人気ピアニストになった暁には、ほぼ必ず弾くことになるアンコールを、どんなセンスで選曲するのかを見ようとしているのかもしれません。もしくはただ盛り上がりたいか。
正式名称「ピアノマスターコンクール」というだけに、文字通りピアノのマスターを求めてる感がありますね。日本には曲間の拍手禁止にしているコンクールもありましたが(今はどうなったでしょう)、ノリというか、コンクールというものの捉え方が全然違います。若いマスターたちは、一体どんな演奏を聴かせてくれるのでしょうか。
ところで1次予選に先駆けて、現地時間3月14日夜にはオープニングコンサートが開催されます。これがまた、ラフマニノフのピアノ協奏曲が5曲全部演奏される(「ラフマニノフ・マラソン」)というなかなか“音符多め”の内容。日本からは、審査員の小川典子さんがピアノ協奏曲第1番(以下Gala Concert Part I)を、前回入賞の桑原志織さんが第4番(以下Gala Concert Part II)を演奏するので、こちらも楽しみです。
第17回アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクール
The 17th Arthur Rubinstein International Piano Master Competition
2023.3/14(火)
ガラコンサート(The Cameri Theatre of Tel Aviv, Cameri 1)
3/15(水)〜3/20(月)
1次予選(Tel Aviv Museum of Art, Recanati Auditorium)
3/21(火)〜3/23(木)
2次予選(Tel Aviv Museum of Art, Recanati Auditorium)
3/24(金)〜3/30(木)
ファイナル(Tel Aviv Museum of Art, Recanati Auditorium / Charles Bronfman Auditorium, Lowy Concert Hall)
3/31(金)
表彰式&入賞者披露演奏会(Charles Bronfman Auditorium, Lowy Concert Hall)
(日付は現地時間)
https://arims.org.il
♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/