日頃なかなか聴けない音楽があなたの「すぐそば」に!
文:小味渕彦之(音楽評論家)
「東京・春・音楽祭」には普段のコンサートではなかなか聴くことができない作曲家の作品がたくさん並んでいます。「誰なの? この作曲家」と思っても、「聴いてみよう!」とお出かけしてみませんか? まさにカルチャーセンターで学ぶような感覚で、知らない音楽に触れることができます。実は演奏者やコンサートの主催者にとっても、こうした曲目は普段の公演ではなかなか選曲しづらいもの。今回も「東京春祭」ならではのプログラムがずらりと勢揃いしました。せっかくの機会です。ぜひご一緒に冒険をしてみましょう。入場できる定員が少ない会場も多いだけに、「行きたい!」と思った時にチケットの確保しておいた方が「後悔先に立たず」ですよ。
1600年ごろからJ. S. バッハが没する1750年までをバロック時代と呼びます。「福川伸陽(ホルン)& 古楽の仲間たち」にはバロックの知られざる作曲家の室内楽作品が並びました。ドイツのカール・ハインリヒ・グラウン(1704-1759)、ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ(1697-1773)、フランスのジョゼフ・ボダン・ド・ボワモルティエ(1689-1755)と多彩なラインナップです。ホルンという楽器の魅力と共に、いにしえの響きの中へ飛び込んでみましょう。
こうした音楽の歴史に触れるには、キット・アームストロング(ピアノ)による『鍵盤音楽年代記』(全5回)が必聴のシリーズです。1520年から現在までの鍵盤音楽の歴史をたどる壮大な連続企画。第1回ではルネサンス後期からバロックへの移ろいを確かめることができ、第2回は初期バロックから後期バロックへの変遷を聴くことができます。バロック音楽というと、どうしてもバッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディなどの後期の作品に偏りがちですが、独自の流れを持つフランスバロックも含めて多彩な作曲家の作品が揃いました。第3回はバロックから古典派への劇的な変化が綴られます。移行期となる前古典派の作曲家ではJ. S. バッハの次男に当たるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714-1788)の作品が登場します。第4回はショパン、リスト、フォーレ、ドビュッシーの名曲に続いて、調性の崩壊に向かう道程が示されました。第5回では20世紀の多様な音楽の広がりを確かめることができるプログラムが組まれます。
今回編まれた数々のプログラムの中で「名前は知っていても曲は思い浮かばないなぁ」という作曲家の代表格がボフスラフ・マルティヌー(1890-1959)でしょう。20世紀チェコを代表する作曲家の一人なのですが、膨大な作品数のわりにその音楽に触れる機会はそれほど多くはありません。マルティヌーはボヘミアのポリチカという町に生まれましたが、プラハで活躍をした後、1923年にはパリに拠点を移します。1941年にはナチスから逃れて幾多の困難の後にアメリカへ移りました。第二次大戦後も祖国へ戻ることはなく、アメリカの他、イタリアやスイスで活躍します。マルティヌーは400以上の作品を書いた多作家で、職人気質の音楽には玄人好みの味わい深さが宿ります。「東京春祭ディスカヴァリー・シリーズ vol.9」はオール・マルティヌーで編まれた唯一無二のプログラム。さらに別の日のコンサートでは、トリオ・アコードがマルティヌーの「牧歌集」という珍しい作品を選びました。あわせてトリオ・アコードはチェコの作曲家の作品を並べたプログラムとなっていて、有名なドヴォルザークの曲のほかに、ヴィーチェスラフ・ノヴァーク(1870-1949)のピアノ三重奏曲第2番 ニ短調 op.27「バラード風に」を選んでいます。
「室内楽シリーズ」で郷古廉(ヴァイオリン)と加藤洋之(ピアノ)が取り組むのがブロッホの「ニーグン」です。エルネスト・ブロッホ(1880-1959)は、スイス生まれでアメリカで活躍した作曲家。彼の作品にはユダヤ人としての民族の思いが強く込められました。なお、哲学者のエルンスト・ブロッホとは関係がありません。「ニーグン」は3曲で構成される組曲「バール・シェム」の第2曲。1923年の作品で、「バール・シェム」は18世紀にユダヤ教の神秘主義的運動を推し進めたラビ・イスラエル・ベン・エリエゼルを指しています。3曲で構成される組曲の第2曲が「ニーグン」で「即興」を意味します。ここで救済のための祈りの歌が切々と表現されるのです。
知らない作曲家の知らない曲を聴いてみるのは少々勇気がいるもの。演奏会で初めて触れるハードルの高さを感じたならば、ぜひ事前にその作品に少しだけ触れてみませんか? 「東京春祭」のウェブサイトには、「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」へ移動して、プログラム楽曲の冒頭部分を試聴できるリンク機能が備えられています。さまざまなツールを活用できる今、あなたの知らない音楽は「すぐそば」にありますよ!
Information
■福川伸陽(ホルン)&古楽の仲間たち
2023.3/24(金)19:00 東京文化会館(小)
●出演
レ・ヴァン・ロマンティーク・トウキョウ
バロック・ホルン:福川伸陽
バロック・ヴァイオリン:高田あずみ、荒木優子、丸山 韶
バロック・ヴィオラ:成田 寛
バロック・チェロ:上村文乃
コントラバス:今野 京
バロック・オーボエ:三宮正満
バロック・ファゴット:村上由紀子
リコーダー:太田光子
フォルテピアノ:川口成彦
●曲目
ヘンデル:付随音楽《アルチェステ》HWV45 第1幕 より グラン・アントレ
テレマン:リコーダー、ホルン、通奏低音のための協奏曲 ヘ長調 TWV42:F14
C.H.グラウン:ホルン、ヴァイオリン、通奏低音のためのトリオ・ソナタ ニ長調
ボワモルティエ:5声の協奏曲 ホ短調 op.37-6
クヴァンツ:ホルン協奏曲 変ホ長調
J.F.ファッシュ:四重奏曲 ヘ長調 FaWV N:F3
ヴィヴァルディ:リコーダー、オーボエ、ヴァイオリン、ファゴット、通奏低音のための協奏曲 ト短調 RV107
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV1047
●料金
S¥5,500 A¥4,000 U-25¥2,000
ライブ・ストリーミング配信¥1,200
■東京春祭ディスカヴァリー・シリーズ vol.9
ボフスラフ・マルティヌー
2023.3/29(水)19:00 東京文化会館(小)
●出演
ヴァイオリン:小林壱成、倉冨亮太 ヴィオラ:田原綾子 チェロ:森山涼介
クラリネット:中舘壮志 ファゴット:長 哲也 トランペット:辻本憲一
メゾ・ソプラノ:金子美香 ピアノ:佐野隆哉 お話:山野雄大
●曲目
マルティヌー:
弦楽四重奏曲 第1番 H.117《フレンチ》より 第1楽章
《ニッポナリ》H.68a より
組曲《調理場のレビュー》H.161
ヴァイオリン・ソナタ 第3番 H.303 より 第3楽章
チェロ・ソナタ 第3番 H.340 より 第1楽章
ヴィオラ・ソナタ H.355 より 第2楽章
ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲 第2番 ニ長調 H.371
●料金(税込)
S¥4,000 A¥2,500 U-25¥2,000
ライブ・ストリーミング配信¥1,200
■キット・アームストロング(ピアノ) 鍵盤音楽年代記(1520-2023)Ⅰ〜Ⅴ
2023.4/1(土)16:00 東京文化会館(小)
●曲目
T.プレストン:ラ・ミ・レの上で
J.ブル:
イン・ノミネ IX *
幻想曲 ニ短調 *
幻想的なパヴァーヌとガイヤルド
G.ファーナビー:マスク ト短調 *
W.バード:
ヒュー・アシュトンのグラウンド *
荒涼とした森を歩きますか *
W.バード:
オックスフォード伯爵の行進曲*
鐘 *
パヴァーヌとガイヤルド「ウィリアム・ピーター卿」
T.タリス:御身はまことに幸いなる者 I *
J.P.スウェーリンク:半音階的幻想曲
*・・・《フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック》より
4/4(火)19:00 東京文化会館(小)
●曲目
J.S.バッハ:
「かくも喜びに満てるこの日」 BWV605
「古き年は過ぎ去り」 BWV614
「主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ」 BWV639
「おお主なる神よ、われを憐みたまえ」 BWV721
「主イエス・キリストよ、われら汝に感謝す」 BWV623
「人みな死すべきもの」 BWV643
ヘンデル:
《ハープシコード組曲 第1集》第5番 ホ長調 HWV430
パッサカリア
J.ブル:地の偉大なる創造主
エリザベト=クロード・ジャケ・ド・ラ・ゲール:《クラヴサン曲集 第1巻》第1組曲 より 前奏曲とシャコンヌ 「移り気な女」
F.クープラン:
《クラヴサン曲集 第2巻》第6組曲 より 第5曲 「神秘的なバリケード」
《クラヴサン曲集 第2巻》第11組曲 より 第3曲 「生まれながらのあでやかさ」
《クラヴサン曲集 第1巻》第4組曲 より 第4曲 「目覚まし時計」
《クラヴサン曲集 第2巻》第8組曲 より 第8曲 「パッサカリア」
J.C.シャンボニエール:《ボーアン写本 第1巻》より シャコンヌ ヘ長調
J.S.バッハ:
協奏曲 ト長調 BWV980(ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲 変ロ長調 RV381にもとづく)
半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903
4/6(木)19:00 東京文化会館(小)
●曲目
J.S.バッハ:
《平均律クラヴィーア曲集 第1巻》より 第1番 ハ長調 BWV846
《平均律クラヴィーア曲集 第2巻》より 第22番 変ロ短調 BWV891
ハイドン:変奏曲 ヘ短調 Hob.XVII:6
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330
C.P.E.バッハ:自由な幻想曲 嬰ヘ短調 Wq.67, H.300
モーツァルト:自動オルガンのための幻想曲 ヘ短調 K.608
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 op.27-2《月光》
4/8(土)16:00 東京文化会館(小)
●曲目
ショパン:
夜想曲 第5番 嬰ヘ長調 op.15-2
夜想曲 第6番 ト短調 op.15-3
夜想曲 第8番 変ニ長調 op.27-2
ドビュッシー:《映像 第1集》
リスト:《超絶技巧練習曲》S.139 より
第8番 荒野の狩
第11番 夕べの調べ
第10番 熱情
フォーレ:夜想曲 第6番 変ニ長調 op.63
リスト:
モショーニの葬送 S.194
死のチャールダーシュ S.224
暗い雲 S.199
シェーンベルク:6つのピアノ小品 op.19
L.オーンスタイン:飛行機に乗って自殺
4/10(月)19:00 東京文化会館(小)
●曲目
ラフマニノフ:コレッリの主題による変奏曲 op.42
ゴドフスキー:《ジャワ組曲(フォノラマ〜ピアノのための音紀行)》より 第4巻 第10曲 クラトン(王宮)にて
ガーシュウィン:《ジョージ・ガーシュウィン・ソングブック》より
私の好きな彼
ドゥー・ドゥー・ドゥー
スワニー
フー・ケアーズ?
アイ・ガット・リズム
K.S.ソラブジ:
《100の超絶技巧練習曲》より 第26番 最高に甘く
《3つのパスティーシュ》KSS31 より 第3番 リムスキー=コルサコフの歌劇《サトコ》より「インド商人の歌」によるパスティーシュ
G.リゲティ:
《ムジカ・リチェルカータ》より
第8曲 ヴィヴァーチェ、エネルジコ
第7曲 カンタービレ、モルト・レガート
《ピアノのためのエチュード 第1巻》より 第5曲 虹
《ピアノのためのエチュード 第2巻》より 第10曲 魔法使いの弟子
ペルト:アリーナのために
K.アームストロング:素描のエチュード
武満 徹:雨の樹 素描 II ーオリヴィエ・メシアンの追憶にー
●料金
5公演通し券(S席相当)¥25,000 ※東京・春・音楽祭チケットサービスのみで取扱い
S¥6,000 A¥4,500 U-25¥2,000(各回)
ライブ・ストリーミング配信¥1,200
■東京春祭〈Geist und Kunst〉室内楽シリーズ vol.3
郷古 廉(ヴァイオリン)&加藤洋之(ピアノ)鏡の中の春 ー 横坂 源(チェロ)を迎えて
2023.4/11(火)19:00 東京文化会館(小)
●出演
ヴァイオリン:郷古 廉 チェロ:横坂 源 ピアノ:加藤洋之
●曲目
ブロッホ:《バール・シェム》 より 第2曲「ニーグン」(ヴァイオリンとピアノ版)
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン・ソナタ op.134
シルヴェストロフ:ヴァイオリン・ソナタ《追伸》
ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲 第2番 ホ短調 op.67
●料金
S¥5,000 A¥4,000 U-25¥2,000
ライブ・ストリーミング配信¥1,200
■Trio Accord ―― 白井 圭(ヴァイオリン)、門脇大樹(チェロ)、津田裕也(ピアノ)
2023.4/15(土)16:00 東京文化会館(小)
●出演
トリオ・アコード
ヴァイオリン:白井 圭 チェロ:門脇大樹 ピアノ:津田裕也
●曲目
V.ノヴァーク:ピアノ三重奏曲 第2番 ニ短調 op.27《バラード風に》
マルティヌー:牧歌集 H.275
ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲 第3番 ヘ短調 op.65
●料金(税込)
S¥5,000 A¥3,500 U-25¥2,000
ライブ・ストリーミング配信¥1,200
問:東京・春・音楽祭サポートデスク03-6221-2016
https://www.tokyo-harusai.com
※プログラムの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。