【GPレポート】藤原歌劇団公演《トスカ》新制作、東京と愛知で上演

生々しい刺激も崇高な情感に変わる理想的な演奏

右:澤﨑一了(カヴァラドッシ) 左:押川浩士(堂守)

 数あるオペラのなかでも《トスカ》は刺激が強い。愛、嫉妬、信念、欲望、疑念、絶望など、あらゆる感情のるつぼで、物語がスリリングに展開した挙句、主要な登場人物4人がいずれも非業の死を遂げる。ある意味、扇情的なのだが、しばしばオペラ・マジックが起きるのも《トスカ》の特徴だ。世俗的な刺激が強調されがちなオペラだが、すぐれた演奏によってプッチーニの音楽の魔力が引き出されると、刺激は心揺さぶる崇高な情感に変わる。藤原歌劇団による上演がまさにそうだった。
 公演日は東京文化会館で1月28日、29日、愛知県芸術劇場で2月4日(トスカは、28日&4日が小林厚子、29日が佐田山千恵)。小林組の最終総稽古(ゲネラルプローベ)を取材した。
(2023.1/26 東京文化会館 大ホール 取材・文:香原斗志 撮影:長澤直子)

右:小林厚子(トスカ)
右:伊藤貴之(アンジェロッティ)

 幕が開くと聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会の内部。あえて場所の名を具体的に記したのは、松本重孝が新演出した舞台が、教会の壁龕(へきがん)と列柱からなる最小限の装置でありながら、遠近法で奥行きを強調しつつ、その場をかなりリアルに再現していたからだ。

 カヴァラドッシ役を歌う澤﨑一了(テノール)の声は、初っ端からその豊かさで訴えてきた。しかも、豊かだと感じる理由がいくつもある。明るい声は比較的軽めだが、しっかりとした支えを得て深く発声されるので、息が続くしたっぷりと響く。それと連動して、発語する位置が奥なので、イタリア語も美しい。

左:松浦 健(スポレッタ) 中央:折江忠道(スカルピア)

 小林厚子(ソプラノ)のトスカも、豊かさで負けていない。《トスカ》は主役である恋人同士の声が釣り合わないと興が削がれかねないが、その点で小林と澤﨑は、声のバランスが理想的だ。そして小林の声には艶があり、声の強弱と色彩をさまざまに組み合わせて、女心の振幅を見事に描く。

 だから、第1幕の2人の二重唱では、冒頭で述べたようなトスカの愛情、嫉妬、疑念などが、コケティッシュな響きもふくめて立体的に表現され、そんなトスカに向き合うカヴァラドッシの包容力が、澤﨑の磨かれた深い声で寄り添い、聴き応えがあった。

複雑な状況を鮮やかに、かつ魅惑的に伝える

 同時に強調しておかなければいけないのは、鈴木恵里奈のすぐれた指揮である。プッチーニのオーケストレーションは、たとえば上記の二重唱における感情の激しい移り変わりを克明に追っている。そして、鈴木が指揮する東京フィルハーモニー交響楽団は、その変化を鮮やかに描き出した。

 二重唱ののちの、アンジェロッティを逃がす切迫した状況、スカルピアが登場する前後のダイナミックな表現、そのあいだにはさまれる一幅のコミカルな瞬間。状況の入り組んだ展開が、適切にメリハリをつけられながらダイナミックに、しかし精緻に描写された。失礼を承知でいえば、鈴木にここまでの力があるとは、今日まで知らなかった。

 藤原歌劇団総監督の折江忠道(バリトン)がみずから歌ったスカルピアにも、存在感があった。折江の押しが強い表現は、いかにもこの悪漢然としている。そのうえ、十分な声量があるので、力むことなく悪辣さを打ち出せる。

 第2幕も、第1幕で使った教会の壁龕と列柱が、異なった組み合わせによってファルネーゼ宮殿の内部に早変わりし、やはりリアルに見せてしまうので感心する(第3幕の聖アンジェロ城も同様だった)。そして、スカルピアとトスカの応酬も、折江と小林、双方の声が、てらいのない豊かな表現という点でバランスがとれていた。

 そして、澤﨑のカヴァラドッシが鮮やかな声で色を添え続ける。〈星は光りぬ〉も、端正な表現の奥から情感が湧き出るようで、彼の無念が深く伝わった。

 その間、鈴木が指揮する管弦楽は、生々しい状況をドラマティックに、時に抒情的に推し進めたが、この生々しさにも常に一定の品位がある。このため冒頭に述べたように、崇高な情感として耳に届く。作品の真価が伝わる《トスカ》だった。

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Information

藤原歌劇団公演
プッチーニ:《トスカ》新制作(全3幕、字幕付き原語/イタリア語上演)


2023.1/28(土)、1/29(日)各日14:00 東京文化会館
2/4(土)14:00 愛知県芸術劇場


演出 :松本重孝
指揮:鈴木恵里奈
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団(東京)、セントラル愛知交響楽団(愛知)

出演
トスカ:小林厚子(1/28, 2/4) 佐田山千恵(1/29)
カヴァラドッシ:澤﨑一了(1/28, 2/4) 藤田卓也(1/29)
スカルピア:折江忠道(1/28, 2/4) 須藤慎吾(1/29)
アンジェロッティ:伊藤貴之(1/28, 2/4) 東原貞彦(1/29)
堂守:押川浩士(1/28) 泉良平(1/29, 2/4)
スポレッタ:松浦健(1/28, 2/4) 井出司(1/29)
シャルローネ:龍進一郎(1/28, 2/4) 大塚雄太(1/29)
看守:坂本伸司(1/28, 2/4) 別府真也(1/29)
牧童:網永悠里(1/28, 2/4) 中桐かなえ(1/29)
合唱:藤原歌劇団合唱部
児童合唱:多摩ファミリーシンガーズ(東京)、名古屋少年少女合唱団(愛知)

問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
  愛知県芸術劇場052-211-7552(2/4のみ)
https://www.jof.or.jp
https://www.jof.or.jp/performance/2301_tosca/