小林厚子(ソプラノ)

孤児という過去からくる寂しさや信仰心が
トスカを形作る重要な要素だと思う

(c)Yoshinobu Fukaya

 日本を代表するソプラノの一人として活躍を続ける小林厚子。リリカルでいながらスケールの大きな歌唱は魅力的で、《イル・トロヴァトーレ》のレオノーラ、《ワルキューレ》のジークリンデなど大役で成功を収めている。

 「ヴェルディは好きです。フィギュアスケートの『規定』のような要素があって、それが『声』も含めて自分に必要だと感じます。ヴェルディのオペラは終わりに向かってどんどんリリカルに、天国的になるのですが、プッチーニはどんどん重くなり、劇的になりますね」

 この1月には藤原歌劇団公演《トスカ》のタイトルロールという大役が控える。プッチーニ作品では、《蝶々夫人》の蝶々さんも好評を博した。

 「《蝶々夫人》と《トスカ》は、音楽の印象は違うかもしれませんが、ヒロインには共通点を感じます。二人とも生い立ちが寂しく、愛に飢えていた。だから愛する人に出会うと全身全霊で愛してしまうのです。自分自身で決断する点も共通していますね。
 トスカは気が強い女性に造形されがちですが、本当は純粋で可愛らしい女性ではないでしょうか。孤児として生まれ、修道院で育った過去を考えると、そのようなキャラクターが自然なように感じます。
 アリア〈歌に生き、恋に生き〉に滲み出る信仰心も、トスカを演じる上で大切にしたいと思っています。ローマ教皇から歌の道で神に仕えるよう勧められたというトスカですから、歌うことは彼女にとって祈ることであり、信仰心は彼女の性格を形作る重要な要素なのです」

 小林のトスカといえば、2018年の新国立劇場の最終公演で急遽代役として舞台に立ち、絶賛を博したエピソードが知られる。

 「あの時は『高校生のためのオペラ鑑賞教室』でトスカ役を歌っていて、本公演のカヴァーも務めていたのですが、代役のオファーは当日いただきました。幸いなことにトスカ役の方が来る前に稽古に参加していたのと、共演者の方が皆さんとても親切に励ましてくださって。指揮者のロレンツォ・ヴィオッティさんも『僕が合わせるから』と言ってくださって、それは素晴らしいサポートをしてくださいました。第2幕の幕切れで、スカルピアを殺してその場を去る時、一瞬私のヒールの音だけになり、そこに最後の音楽がかぶさってきた瞬間など、今思い出してもゾクゾクします」

 プッチーニのオペラは、「音楽劇」そのものだと感じている。

 「プッチーニのオペラは、まさに『歌で紡ぐ劇』。言葉に音楽をピッタリつけているので、テキストを読み込み、その音楽の中に入って、自分が無になり、プッチーニが書いた通りのものを送り出せれば理想だと思っています」

 敬虔で女らしく、愛に溢れたトスカ。それはきっと誰もが待ち望んだ歌姫だ。そんなトスカに心揺さぶられる体験を、ぜひ。
取材・文:加藤浩子
(ぶらあぼ2023年1月号より)

藤原歌劇団公演 プッチーニ:《トスカ》新制作(全3幕、字幕付き原語/イタリア語上演)
2023.1/28(土)、1/29(日)各日14:00 東京文化会館
2/4(土)14:00 愛知県芸術劇場
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
  愛知県芸術劇場052-211-7552(2/4のみ)
https://www.jof.or.jp
※小林厚子は1/28、2/4に出演