〈エスポワール スペシャル 18〉 アンナ・ルチア・リヒター(メゾソプラノ) & ティル・フェルナー(ピアノ)
〈エスポワール シリーズ 12〉嘉目真木子(ソプラノ) Vol.3 ―ドイツ・リート

澄み渡る声と最高の表現力、ドイツ・リートが輝く二夜

 トッパンホールのクリアな音響で、この2人のドイツ・リートを聴けるのはうれしい。アンナ・ルチア・リヒター、中二日をおいて嘉目真木子。

 まず、海外の卓越した若手や中堅をいち早く紹介する〈エスポワール スペシャル〉のVol.18は、リヒターの日本初リサイタルだが、透明で清らかな声を自在に操る彼女の歌は比類ない。磨き抜かれた純粋さと表現すると、矛盾を感じるかもしれないが、彼女のピュアな声には達人だけに備わる光沢がある。

 そして、作為が感じられない自然な歌い口でありながら、音の端々までこまやかに、曲を完璧に造形する。技巧的な歌唱もお手のものなので、リートを歌っても、どんな音符の動きも美しく追う。だから歌に気品がある。

 しかし、リヒターの真骨頂はさらに先にある。計算が速く正確な子どもこそ、数学の難問に思考をめぐらせるように、基礎が堅固な彼女は、歌に言葉の美しさと一体になった魂をひときわ深くこめる。

 ブラームスの「49のドイツ民謡集」のほか、シューベルトとシューマンの著名な曲が歌われるが、ティル・フェルナーの精緻でピュアなピアノにも支えられ、忘我の境地に誘われる人が続出することだろう。

 続いて嘉目真木子は、すぐれた才能と実力を兼ね備えた若手を紹介する〈エスポワール〉シリーズ12の、今回が全3回の最終章である。

 潤いのある艶やかな声が魅力の嘉目は、時に情熱的に歌っても、たしかなフォームは崩れない。それは彼女の知性の賜物である。端正な歌は神経が行き届いた言葉と理想的にからみあい、感情が色濃くにじむ。こういう歌い方ができる歌手は日本には少ない。嘉目にそれが可能なのは、いつも表現について考え抜いているからだろう。

 この〈エスポワール〉でも、第1回はオール日本歌曲で、自分の心に響く作品だけを丹念に選んだ。第2回は8ヵ国8人の作曲家の歌曲を並べ、歌の魅力を異なる言語と見事に結びつけた。それらは最終章のドイツ・リートが輝くために、考え抜かれた道筋だった。

 マーラー、シェーンベルク、ヒンデミット、ツェムリンスキー、ベルク、R.シュトラウスと、リヒターが選んだ19世紀の作品に続く、20世紀のリートの選曲。そこにも知性が垣間見える。今回も北村朋幹のピアノが鮮やかに支えるはずだ。

 どちらか一つだけでも聴きたいが、2つを続けて聴けば、深い味わいとともにドイツ・リートの歩みも聴き手に刻まれる。それを実現させたトッパンホールの手腕にも脱帽である。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2023年2月号より)

アンナ・ルチア・リヒター&ティル・フェルナー 
2023.2/15(水)19:00
嘉目真木子 
2/18(土)17:00
トッパンホール
問:トッパンホールチケットセンター03-5840-2222 
https://www.toppanhall.com