INTERVIEW フジコ・ヘミング(ピアノ)が贈る一夜限りのスペシャルな公演
〜スタートの地、新春の横浜で奏でる「COLORS」

(C)野口博


取材・文:上田弘子 写真:野口博

天才少女から一転


 1999年、フジコ・ヘミングの軌跡を追ったNHKのドキュメント番組が放映され、それまで世間では無名の存在だったところが一夜にして時の人となる。ピアニストの大月投網子と、スウェーデン人の画家・建築家のジョスター・ゲオルギー・ヘミングのもと、ベルリンで生まれたフジコ。その両親と共に、幼少期に日本に帰国した。
 母の国。初めての日本。その第一歩が横浜の大さん橋だった。母の手ほどきでピアノを始め、小学校3年生でラジオ出演したときには天才少女と話題になり、17歳でデビュー公演、東京藝術大学在学中にはNHK毎日コンクール(現:日本音楽コンクール)入賞や文化放送音楽賞受賞など将来を嘱望された。

 「私は変わっていたし、思っていることをはっきり言ってしまうから、人間関係には苦労したのよ。『沈黙は金なり』という言葉、独語にもありますけど、できていなかったわね。今は、少しはできているかしら(笑)」

 ハーフという出自の影響もあり、フジコは留学の際、また渡独してからも困難を強いられた。筆者はフジコのピアノ教育歴に以前から興味を持っていた。60代でのCDデビュー、年齢を重ねても揺るぎのないテクニック。何より芯のある音楽観。
 近くで見るフジコの手指に胸が熱くなった。しっかり鍛錬の跡がうかがえる指先と、豊かな音色に必要な柔軟な手の関節。父の友人で、母がベルリン留学時代に師事したレオニード・クロイツァーにフジコも習った。

 「母は強靭な指になるような教え方で、私はそれが子どもの頃からイヤでした。藝大時代、クロイツァーはハノンやチェルニーばかり弾くなと言って、いつも自由に弾かせてくれて、私の音色をとても褒めてくれました。ベルリンに留学してから、昔の癖で強く弾いてしまったとき、仲間から『なんでそんなに叩いて弾くの?』と言われてハッとしてね」

 フジコの演奏はドイツなどの新聞批評でも高評だった。 著名な音楽家(レナード・バーンスタイン)からも認められウイーンでの華々しいデビュー直前、耳の疾思で思うような公演ができず、失意の中ストックホルムで治療に専念。 その後はドイツで生活のため音楽教師をしながらコンサートを続けたフジコ。ヨ ーロッバで36年を過ごした。

「日本に戻ってきたとき、帰りの船の中では楽しかったのよ。いろんな国の若い学生さん達がダンスをしたいからと、船内にあったピアノを、私は思いつくまま音楽が途切れないように弾き続けて。皆にすごく喜んでもらえて、そういう心からの拍手や喝采が何より嬉しい」

自宅のピアノまわりには想い出の写真が飾られている
(C)野口博

音にはその人自身が出る


 その船が着いたのも横浜だった。「横浜では昔から何度も弾いているし、友人もいるし、好きな街です」とフジコが言う思い出の地で、ベストアルバム『COLORS』から選曲した作品が年の始めに演奏される(1/16・神奈川県民ホール)。ここでは特別に、フジコの手元を美しい映像で映し出す演出も加わるという。

 インタビューが行われた東京の自宅も、小松莊一良監督がじっくり撮った映画『フジコ・ヘミングの時間』で見られる京都、パリ、ベルリン、サンタモニカの家も、フジコのセンスでできている。

「私の最初の記憶と言うのかしら、それは音楽ではなくて色の記憶なの。金色が混ざった赤・・・。今でも色には敏感で、特別高そうな何かではなくて、そう、センスと言うのかしら、どこか惹かれる素敵な色が好き。私が好きな色は銀色で、これは恋人から貰ったもので、これはファンの方が作ってくださって、こっちのはね・・・」。そう言って身に着けているアクセサリーを説明してくれた。金ピカではなく、唯一無二で味わい深いデザインの銀色のもの。フジコと通じるものがある。

 「音色(おんしょく)って、音の色と書くでしょう。最近の若い人たちは、どうしてピアノを叩くように弾くのかしら。リストの『ラ・カンパネラ』なんてガンガラガンガラ叩いて弾くから悲しくなるわ。カンパネラって小さな鐘が連なったものだから、叩いて弾いては駄目なのに。私も若い頃は駄目だったけどね(笑)」

自身で描いたイラストがそえられたベストアルバム

 ベストアルバムは、1973年の貴重な録音から2021年の近年の作品まで、自ら2年をかけて厳選した77曲が収められていて、ジャケットにはフジコが描いたカトリックのベールを被った女性の絵「ピアノを弾く少女」(1974)が描かれている。美術好きの筆者も絵や色の話はことさら楽しく、壁にあるフジコのタッチではない絵の質問も。

 「これは父の絵。ここに日本画なんて面白いでしょう。この日本画は叔母が描いたの。叔母も人間関係がヘタで、有名になれなかったのよ」

 生きづらい世の中だからこそ、フジコの真っすぐな生きざまが感じられる音楽に、多くの人が惹かれるのではないだろうか。自身に厳しい強い音で、響きには聖母のような優しさがあるフジコの音色。

 「色を付けるように弾くんだけれど、音にはその人が出ますからね。生き方や心が。だから私はきれいな心で生きることを心掛けています。そうするとね、弾きながら作曲家と対話しているような感覚のときがあって、いつもそう在りたいと思うの。心をきれいに。毎日ね」

 代名詞とも言えるリストの「ラ・カンパネラ」など、「今の演奏の方がいいわよ(笑)」。小松監督の映画 『フジコ・ヘミングの時間』 続編も、そしてフジコの音も、楽しみな2023年になりそうだ。

Information

フジコ・ヘミング ソロコンサート
“COLORS” 

〜色を付けるように弾く〜
presented by WOWOW


2023.1/16(月)18:00(開場17:00) 
神奈川県民ホール

S席 ¥12000(税込) A席 完売 
学生席 ¥6000(税込)
※全席指定 
※学生席は入場時、学生証の提示が必須となります。

問:キョードー横浜045-671-9911
コンサート特設サイト https://www.fuzjko.com

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フジコ・ヘミング ソロコンサート “COLORS” 〜色を付けるように弾く〜 presented by WOWOW
彼女の思い出の地“ヨコハマ”で開催された一夜限りのスペシャル・ソロコンサートを独占放送・配信
3月放送・配信予定

WOWOWオンデマンド フジコ・ヘミングの関連作品
https://www.wowow.co.jp/music/fuzjko/

CD情報

「魂のピアニスト」フジコ・ヘミング自身が選んだ究極のオールタイム・ベスト『COLORS』
ユニバーサル ミュージック
UCCS-1304/8(5枚組)
¥6600(税込)