クリスチャン・ツィメルマンが世界文化賞受賞の喜びを語る

自分の仕事は98%が職人、2%が芸術家だと思っています

 芸術文化の発展に貢献した国内外の芸術家の業績を称える「高松宮殿下記念世界文化賞」(主催:公益財団法人日本美術協会)は、33回目を迎えた今年、ピアニストのクリスチャン・ツィメルマンが音楽部門の受賞者に選出された。10月18日、3年ぶりとなる授賞式に先がけて行われた記者会見には、ツィメルマンをはじめ各部門の受賞者のほか、新たに国際顧問に就任したヒラリー・ロダム・クリントン元米国務長官らが出席した。

第33回受賞者
左より:ヴィム・ヴェンダース(演劇・映像部門)、クリスチャン・ツィメルマン(音楽部門)、西沢立衛、妹島和世/SANAA(建築部門)、アイ・ウェイウェイ(彫刻部門)、ジュリオ・パオリーニ(絵画部門)

 会見にて、ツィメルマンは「自分の仕事は98%が職人、残りの2%が芸術家だと思っています。音楽家にとってノーベル賞はありませんので(笑)、世界文化賞は音楽家として受けるもっとも栄誉ある賞です」と受賞の喜びを語った。さらに、「1978年に初めて日本を訪れて以来、89ヵ所のホールで演奏してきました。毎回、また帰ってきたいという気持ちになります。今後も日本の皆さんのために演奏できることを期待しています」と、250回を超える来日で生まれた絆や感謝の意を述べた。これまで66都市、288公演で披露した40プログラムで日本の聴衆を魅了してきたツィメルマンだが、その多くは録音として残されていない。今後はより積極的にレコーディングに取り組むという。

 続いて行われた懇談会では、近年発売された2つのCDの話題に。まず、2020年、サイモン・ラトル指揮ロンドン響との共演で、30年ぶりに録音した『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集』(旧録音はバーンスタイン指揮ウィーン・フィルとの共演)。

「私は、長年ベートーヴェンが使用していたピアノについて研究し、ピアノ協奏曲は4台の異なる楽器を使っていたという確信のもと4種類の鍵盤を作ってみたのですが、第4番だけが腑に落ちなかった。使っていたはずのピアノが、どうしても第4番と相性が悪いのです。私は、ベートーヴェンがアントン・ヴァルターのピアノを使っていたのではないかと考えていたところ、レコーディングの2ヵ月前に友人の研究者から『この協奏曲を書く2年前に、彼はヴァルターのピアノを手に入れている』という連絡があり、新たに鍵盤を作りました。スタインウェイの作りは本当に優秀で安定していますが、歴史の中で鍵盤が変わっていったのです」

 今月20日には、子どもの頃から好きだったというシマノフスキのピアノ作品を集めたCDがリリースされた。
「シマノフスキはショパンコンクールで優勝する以前から弾いていて、ロンドンでのデビュー公演で取り上げた時、一人の学生がバックステージにやって来て『素晴らしい作品ですね。何の作品ですか?』と尋ねてきました。その学生が、サイモン・ラトルでした。その後も、彼は毎週のように私に電話をかけてきて、交響曲第4番(協奏交響曲)にはいつ取り組むのかと度々聞いてきました。シマノフスキの初期の作品は、若い頃に経験するような人生の葛藤や非常にインパクトのあるドラマが表現されています。16、17歳の頃に書かれたプレリュードの第8番は、90代の時に書かれたのではと思うような重みや深みがあるのです」
 本盤は今年6月、広島県福山市のふくやま芸術文化ホール リーデンローズで録音された。唯一、1994年に録音された「仮面劇」は、初のCD収録となる。

 近年の録音について、録音文化の歴史を振り返る。
「録音そのものが可能となってから、均一性が生まれたと思っています。まだ録音が始まった当時は、ウィーン・フィルやクリーヴランド管でも10秒聴けばそのオーケストラだとすぐわかりましたが、今では台湾、パリ、アメリカ…世界中のオーケストラの録音を聴いても違いがわかりません。“他者から学ぶ”ということは、真似ようとし、結果皆が均一になってしまうという意味も持っているのです」

 「インターネットは核兵器よりも力を持つ、もっとも強い武器だ」というツィメルマン。新しい作品が生まれたら翌日には世界中に伝わるようなスピードで進む現代における危険性にも言及し、情報化社会への危機感も込めた重要なメッセージを問いかけた。

高松宮殿下記念世界文化賞
https://www.praemiumimperiale.org/ja/