読響を3年半ぶりに指揮する桂冠指揮者
シルヴァン・カンブルラン 緊急インタビュー

音楽は、あらゆる戦争や侵攻、暴力に対してエモーションを喚起し、
抵抗の力を授ける“武器”でもあります

取材・翻訳池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎

 2010ー2019年に読売日本交響楽団(読響)第9代常任指揮者(現在は桂冠指揮者)を務めたフランスのマエストロ、シルヴァン・カンブルラン(1948年、アミアン生まれ)が3年半ぶりに来日、読響で3種類のプログラムを指揮するほか、広島交響楽団(11/19)にも客演する。去る10月17日、東京都内でカンブルランの話を聞いた。

――こうして面と向かい、お話しするのは随分と久しぶりです。

 「9年もの間 “マイ・オーケストラ”だった読響の皆さんと3年半も会えなかったのは、大きな損失、悲しみでした。客演の日程が決まってはコロナ禍で中止や延期、ビザの問題もあり、断念してきたのです。定年退職したメンバーに代わり、新しく入った人も数名いたようですが、全員がしっかり準備して指揮者を待ち構え、集中度の高い練習に臨む仕事の基本は何も変わっていません。リハーサル2日目の今日、すでに初日より大きな手応えがありました」

――「かくも長き不在」の間、東京のオーケストラ界ではますます、ヨーロッパのオペラ指揮者を首席、常任、音楽監督などのシェフ・ポストに招く傾向が強まりました。

 「いくつかの歌劇場の音楽総監督(GMD)を務めたとはいえ、私は厳密な意味のオペラ指揮者ではなく、オペラもレパートリーに持つ指揮者です。読響の歴史は素晴らしいシンフォニー指揮者とともに培われてきましたが、世界の状況は50年前とまったく変わり、オペラ指揮者が歌劇場だけで仕事をすることは不可能、逆もしかりで、多くのシンフォニー・オーケストラがオペラの演奏会形式上演に挑んでいます。読響と2017年11月に全曲日本初演を行ったメシアンの歌劇《アッシジの聖フランチェスコ》は今も記憶に鮮明で、あのように複雑な大作が2公演(東京)とも完売するとは思ってもみませんでした。日本のオーケストラは優秀な半面、ちょっとのんびりしたところもあり、短期間で多くの作業に当たらなければならないオペラの演奏体験の刺激は、大きいはずです」

読響と3年半ぶりの共演となった第656回名曲シリーズ(2022.10/19 サントリーホール)より 
(C)読響 撮影:藤本崇

――今回はバルトーク、ビゼー、ダルバヴィ、サン=サーンス、リゲティと凝った組み合わせの名曲シリーズ(10/19、サントリーホール)の後さらに2プログラム。ドビュッシーの「遊戯」と「イベリア」の間に一柳慧の新作「ヴァイオリンと三味線のための二重協奏曲」世界初演をはさみ、ヴァレーズの「アルカナ」で締める猛烈な定期演奏会(10/25、サントリーホール)、ビゼー「アルルの女」の第1&第2組曲、ジョリヴェのトランペット協奏曲第2番とフローラン・シュミットのバレエ音楽「サロメの悲劇」を組み合わせた土曜・日曜マチネーシリーズ(10/29&10/30、東京芸術劇場)と盛りだくさんです。

 「長く同時代作品を手がけてきた指揮者として、日本を代表する作曲家である一柳さんの新作を読響で初演できることに誇りを覚えます。私は同時代の作曲家とあれこれ意見を交わしながら、作品を世に送り出す作業に喜びを感じており、今回も一柳さんとの初対面を楽しみにしていました。10月7日に急死され、とても残念です。静かで純粋、非常に良く書かれた作品で、モーツァルトのように最小限の素材で深い音楽を伝えます。一柳さんと同じ世界を共有できなくなった私にとって2人のソリスト、ヴァイオリンの成田達輝さん、三味線の本條秀慈郎さんは作曲家を直接知り、私を作品の内面へと導いてくださる貴重な存在です。ドビュッシーの2曲、私が最も好きな『遊戯』には直前の作品、『イベリア』から受け継いだ素材があります。『アルカナ』は1927年の作曲当時、最も巨大でパワフルな難物でしたが、今日のオーケストラ奏者も知っておく必要のある作品でしょう。20世紀前半の近代音楽のカタログと1世紀後の一柳の対照の妙は、若い世代の聴衆にも新鮮に響くと確信します。

第656回名曲シリーズ(2022.10/19 サントリーホール)より (C)読響 撮影:藤本崇

 マチネーの方では先ず、ふだん第2組曲しか演奏されない『アルルの女』をたっぷり聴いていただき、メシアンと同世代のジョリヴェ(1908年生まれ)がビゼーから何を受け継ぎ、どう発展させようとしたのか、素晴らしいソリスト(トランペットのセリーナ・オット)とともに確かめていただこうと思います。トランペット協奏曲第2番はまだ若い時(40代半ば)の作品で、ジャズ風の軽快な作品です。後半のフローラン・シュミットはセルゲイ・ディアギレフが主宰したバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のための作品。ディアギレフ生誕150年にちなみ、ドビュッシーやストラヴィンスキー、ラヴェル、さらにR.シュトラウスにまで新作を委嘱した稀代のプロデューサー、そして、彼が活躍した当時のパリの輝きに思いを馳せます」

――広島交響楽団客演だけでなく、2012年8月6日の「読響50周年特別公演『世界平和への祈り』広島特別演奏会」など、マエストロは広島に特別な想いをお持ちですね。

 「私たちはロシアのウクライナ侵攻も目の当たりにした今こそ、広島の街から多くのことを学び、感じる必要があります。往年の大指揮者ブルーノ・ワルターの言葉、『音楽の道徳的な力(Moralische Kraft der Musik)』が示唆する通り、音楽はあらゆる戦争や侵攻、暴力に向かってエモーションを喚起し、抵抗の力を授ける“武器”でもあるのです」

――ありがとうございました。これからは毎年、お待ちしています。

 「もちろん。読響とは2023年11月の計画が、すでに動き出していますよ!」

【Information】
読売日本交響楽団

第622回 定期演奏会

2022.10/25(火)19:00 サントリーホール

指揮=シルヴァン・カンブルラン
ヴァイオリン=成田達輝
三味線=本條秀慈郎

ドビュッシー:遊戯
一柳慧:ヴァイオリンと三味線のための二重協奏曲(世界初演)
ドビュッシー:イベリア(管弦楽のための「映像」から)
ヴァレーズ:アルカナ


第251回 土曜マチネーシリーズ 
 2022.10/29(土)
第251回 日曜マチネーシリーズ 

 2022.10/30(日)
 各日14:00 東京芸術劇場 コンサートホール

指揮=シルヴァン・カンブルラン
トランペット=セリーナ・オット

ビゼー:「アルルの女」 第1組曲、第2組曲
ジョリヴェ:トランペット協奏曲第2番
フローラン・シュミット:バレエ音楽 「サロメの悲劇」 作品50


問:読響チケットセンター 0570-00-4390
https://yomikyo.or.jp