三者三様の個性が際立つ、想いのこもったプログラム
ピアノ好きなら聴いておきたい、さまざまな世代や国の優れたピアニストたちを招き続けている、トリフォニーホール・グレイト・ピアニスト・シリーズ。今シーズンのラインナップも、多彩かつ魅力的だ。
まず11月に登場するのは、ロシアで継承されるピアニズムを体得し、優れた教育者でありピアニストとして知られる、ジョージア生まれのエリソ・ヴィルサラーゼ。2014年のすみだトリフォニーホールへの出演が11年ぶりの来日リサイタルで、以後はまた、繰り返し日本に招聘されるようになった。毎回、自身が得意とするレパートリーを披露してくれているが、ピアノを存分に歌わせる彼女のテクニックは、歳を重ねた今もまったく衰えることがない。むしろ一層、パワーを増しているように見えるくらいだ。今回のリサイタルで届けるのは、前半、後半それぞれにモーツァルトとショパンを組み合わせるという、趣向を凝らしたプログラム。そこに込められたストーリーがどんなものなのか、実際に聴いて確かめてみたい。
トルコ生まれの鬼才ピアニストとして名高いファジル・サイは、年明けの1月に来日、J.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」を演奏する。何ものにも縛られない斬新な解釈による演奏で、常に聴き手に新しい発見をもたらすピアニスト。宇宙のような無限の広がりを感じさせる変奏曲の最高傑作で、どのような精神世界、音楽表現を聴かせてくれるのだろうか。あわせて取り上げるのが、シューベルトが死の2ヵ月前に書いたピアノ・ソナタのひとつである「第19番D958」だというのも興味深い。二人の大作曲家の精神に、50代の円熟期を迎えたサイが向き合う。
2010年ショパン国際ピアノコンクールの覇者、ユリアンナ・アヴデーエワも、同ホールの「ロシア・ピアニズムの継承者たち」シリーズにたびたび出演し、意欲的な企画に挑戦してきた。パンデミックによる公演中止を経て久しぶりに来日する今回、彼女が用意しているのは、強いメッセージを感じるプログラム。ショパンの「幻想ポロネーズ」、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第8番「戦争」というマスターピースに加えて、ユダヤ系ポーランド人作曲家たちの作品を演奏する。ピアノ組曲「ザ・ライフ・オブ・ザ・マシーンズ」の作曲家、シュピルマンは、映画『戦場のピアニスト』の原作者兼モデルとしても知られる。そして、第二次世界大戦中にソ連に亡命したヴァインベルクからは、ピアノ・ソナタ第4番を取り上げる。モスクワに生まれてロシアの伝統的なピアノ教育を受け、スイスで学び、ポーランドでピアニストとしてのキャリアを確かなものとした彼女が、今、戦争に揺れる社会に向けて、音楽を通じてメッセージを届ける。
それぞれ、想いの込められた濃いプログラム。三者三様の濃いキャラクターで、ぜひ生で聴いておきたいものばかり。シリーズセット券でおさえておいて損のないラインナップだ。
文:高坂はる香
(ぶらあぼ2022年10月号より)
エリソ・ヴィルサラーゼ ピアノ・リサイタル
2022.11/26(土)
《ゴルトベルク変奏曲2023》 ファジル・サイ ピアノ・リサイタル
2023.1/29(日)
ユリアンナ・アヴデーエワ ピアノ・リサイタル
2023.2/26(日)
各日15:00 すみだトリフォニーホール
問:トリフォニーホールチケットセンター03-5608-1212
https://www.triphony.com