ベートーヴェン後期弦楽四重奏作品の音世界に入り込んで
古典四重奏団が毎年開催する定期公演「ムズカシイはおもしろい!!」における、3年にわたるシリーズ「ベートーヴェンの時代」が、今秋いよいよ後期の5曲に到達する。プログラムは9月に第12、16、14番、10月に15、13番。チェロ奏者の田崎瑞博が「ベートーヴェン後期弦楽四重奏曲」についてじっくり語ってくれた。
「“苦悩から歓喜へ”という面は実は彼のごく一部。それ以外の大部分にはとても豊穣な世界があり、多様性を感じられます。後期はヴァリエーションとフーガが特徴で、ソナタ形式もたとえば再現部で原調に戻さなかったり、展開部を短くしたりすることで、固い形式感が薄らいで抒情性や空虚感が出るなど、いろんな技を使っています。構成も12番と16番はスタンダードな4楽章、間の3曲(13〜15番)は特殊な様式感があります」
その構成や様式感について、具体例を交えて解説する。
「12番はロマンティックでシューベルト的です。12番も16番も全体的に求心力や論理性は弱めで、中間のすばらしいヴァリエーション楽章に耳がいくように作られています。しかも、12番は精緻に作り込み、16番は単純化して最小限の音で語り、両極端の書法を使っています。
13〜15番の3曲は、特殊な形で聴く人の時間を支配します。時間軸通りに感じられやすい『ラズモフスキー』などとは違い、この3曲は終わってからじゃないと全部を感じとれないのです。
15番は、中間楽章で教会旋法やコラールなどで古い記憶を呼び起こされ、外側で新しいロマン派のような音楽でいま生きていることを感じる。13番は中間楽章は組曲風、最後にまったく無関係なフーガ。いろんな庭園を見ていたら迷路に入ってわけがわからなくなるけど、迷路が終わると実は一番高いところにいる。14番は7楽章中、1、6、7楽章で“哀”、2、4、5楽章で“楽”と感情が揺れ動き、最後に初めて全体像が思い起こされて、全部があってひとつであることがわかる。いずれも4楽章形式にはないつくりです」
古典四重奏団の深い理解には感嘆させられるばかりだが、特に印象に残ったのは「弾いていて楽しいですよ!」という笑顔。
「ベートーヴェンも書いていて楽しかっただろうなと感じられるのです。それを感じとり、作曲家と同じように楽しむことが、演奏家に求められることだと思います。恐れていては太刀打ちできないので、中に入り込まないと。そのために全部を知ることが大切なのです」
私見で恐縮だが、昨年大晦日に聴いた古典四重奏団の14、15番は、筆者の全音楽体験でも別格の時間だった。「立ち向かうのではなく入り込む」という境地で奏でられる後期作品、とにかく一人でも多くの方に体験してもらいたい。
取材・文:林昌英
(ぶらあぼ2022年10月号より)
ムズカシイはおもしろい!! ベートーヴェンの時代 2022
ベートーヴェンの時代 その5
【その5の夜】2022.9/21(水)19:00 としま区民センター(小)
【その5の昼】9/25(日)14:00 東京オペラシティ リサイタルホール
ベートーヴェンの時代 その6
【その6の夜】10/27(木)19:00 ルーテル市ヶ谷ホール
【その6の昼】10/30(日)14:00 東京オペラシティ リサイタルホール
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