21世紀に蘇る前衛オペラの傑作
「この時代だからこそ必要な『他人に共感するエネルギー』を示したい」
乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)
2025年に開館50周年を迎える神奈川県民ホール。その記念事業の第1弾に選ばれたのが舞台芸術の金字塔《浜辺のアインシュタイン》である。しかも「新演出・振付」だという。その両方を手がける平原慎太郎に意気込みを聞いた。
「初演版(1976年。92年に再演版が来日)は、ミニマル音楽の巨匠フィリップ・グラスと演出家ロバート・ウィルソン、そして振付にルシンダ・チャイルズと、時代を象徴するスター達が出会った奇跡のオペラです。ただ、今回も権利の関係でタイトルに『フィリップ・グラスとロバート・ウィルソンの』と入っていますが、僕の演出ではまったく違った物になると思います」
初演版はとにかく規格外の伝説に満ちていた。上演時間は約4時間で観客の出入りは自由。台詞はあるものの明確な物語は存在せず、歌詞は数字とドレミのみ。音楽とダンスはミニマルに同じフレーズを繰り返す。裁判所や列車など様々なシーンはあるがいずれもイメージであり、なにより役としてのアインシュタインは登場しない。全編が詩のようで「イメージのオペラ」と呼ばれている。
こうした伝説の一つひとつがこの作品を金字塔たらしめてきた。そこへ平原はどう挑むのか。
「たとえば音楽のミニマルな繰り返しも、ヒップホップを通過した僕らの世代からするとラップのように響いてくる。今のダンス音楽は打ち込みの繰り返しが基本なので、ふつうに耳に馴染んでいるんです。『イメージの断片』と言われる演出も、今見ると彼らなりの筋が浮かんでくる。初演版で難解とされていたが、現代の我々には身近に感じられることが多々あります。歴史の連続性という意味でも、初演版へのオマージュや引用には敬意をもって取り組みつつ、独自の世界観を打ち出していきたい」
じつは本作を独自の演出で上演した前例はすでにある。2017年ドルトムントでのケイ・ヴォーゲス演出や、2019年ジュネーブのダニエレ・フィンジ・パスカ演出などがそうで、ともにアインシュタインが登場する。パスカは現代サーカスの演出を数多く手がけており、サーカス要素も満載だ。
「どの版も遠く隔たった物ではなく、同心円状で同じ場所を回っているのだと思う。今も健在のグラス氏に『あなたたちが作った土台の上で、こんな新しい表現が生まれましたよ』と伝えたいですね」
出演者についてはどうだろうか。
「ダンサーはレベルの高いメンバーを集めました。しかもバレエやコンテンポラリー、NYのミュージカルからストリートダンスまで多種多様。かつていわれていた『アメリカは人種の坩堝』を意識しています。また世界的なバレエ団でプリンシパルを歴任してきた中村祥子さんも出演します。バレエダンサーというキャラクターの奥にある彼女自身の中身に興味がありますね」
俳優の松雪泰子、田中要次、両名の登場も話題だ。
「本作のテキスト部分(翻訳:鴻巣友季子)は意味のない単語の羅列と言われていますが、意味が通じている箇所もあり、そこはしっかりと聞かせたい。声に特徴があって台詞が耳に残る、プロの俳優にお願いしました」
指揮はオペラで世界の巨匠たちと実績を重ねてきたキハラ良尚である。
「キハラさんは奇抜なアイディアも一度は受け入れてくれる気さくな方で、色々相談に乗ってもらっています。《浜辺のアインシュタイン》は、『電子オルガンが2台、フルートにバスクラリネットやサクソフォンと、楽器の編成がスペシャルなんですよ!』と熱く語っていらっしゃいました」
世界的に活躍するヴァイオリニスト辻彩奈も出演する。
「トレイラー映像を見ていただければわかりますが、弾いている姿の存在感が素晴らしいんです。重心が座ったダンサーのような立ち姿で、音色もエネルギーに満ちている。本番を楽しみにしています」
ポスターのイラストは平原が大ファンの大友克洋(『AKIRA』など世界的に有名な漫画家)に依頼した。
「僕が作品のイメージを話す前にもう描いてくださっていて、しかもそれがドンピシャのイラストでした。空が曇っていたら海はこんな綺麗な色にはならない。つまり、そこにはメッセージがある。余裕のある時代なら海は『生命の源、母なる海』のイメージでしょうが、この冥(くら)い空の下の海には『終末ではないが、何かが終わる感じ』がするんですよね」
初演時から《浜辺のアインシュタイン(Einstein on the Beach)》というタイトルには、ネヴィル・シュートの傑作SF小説『渚にて(on the beach)』との関連が指摘されていた。第三次世界大戦後に核で滅びていく人類を描いた小説と、原爆開発推進に携わったアインシュタインを接続させるアイロニーである。
もっともいまや世界大戦の危機は「起こりうる未来」として身近なものになってしまった。そんな時代に再び本作を演出することを、平原はどう捉えているだろうか。
「この時代だからこそ必要な『他人に共感するエネルギー』を示すこと。そしてこの時代を身体を通して感じ、語ることで、観客の胸の中に様々な感情を沸き立たせたい。それが振付家である僕がこの作品を『いま』演出する意味だと思っています」
神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズ Vol.1
ロバート・ウィルソン/フィリップ・グラス《浜辺のアインシュタイン》
(一部の繰り返しを省略したオリジナルバージョン/新制作/歌詞原語・台詞日本語上演)
2022.10/8(土)、10/9(日)各日13:30 神奈川県民ホール
音楽:フィリップ・グラス
台詞:クリストファー・ノウルズ、サミュエル・ジョンソン、ルシンダ・チャイルズ
翻訳:鴻巣友季子
演出・振付:平原慎太郎
指揮:キハラ良尚
●出演
松雪泰子
田中要次
中村祥子
辻彩奈(ヴァイオリン)
ほか
電子オルガン:中野翔太、高橋ドレミ
フルート:多久潤一朗、神田勇哉、梶原一紘(マグナムトリオ)
バスクラリネット:亀居優斗
サクソフォン:本堂誠、西村魁
合唱:東京混声合唱団
問:チケットかながわ0570-015-415