東京二期会 宮本亞門演出《パルジファル》稽古進行中!

中央:宮本亞門

 東京二期会が、7月13日から東京文化会館でワーグナーの舞台神聖祝典劇《パルジファル》を上演する。二期会創立70周年記念公演と銘打つ本公演は、ストラスブールのフランス国立ラン歌劇場との共同制作。《フィガロの結婚》をはじめ、すでに数多くのオペラを東京二期会と手がけてきた宮本亞門が演出する。オペラ演出家としての宮本は海外からも評価が高く、2013年オーストリア・リンツ州立劇場《魔笛》、22年ゼンパーオーパー・ドレスデン《蝶々夫人》を演出。ラン歌劇場とは18年《金閣寺》につぐ協働で、20年1月同劇場で《パルジファル》を新制作初演した。セバスティアン・ヴァイグレ指揮、読売日本交響楽団が《ばらの騎士》《サロメ》《タンホイザー》に続いてピットに入る。
 去る6月中旬、都内で行われた稽古を取材した。
(2022.6月中旬 東京都内稽古場 取材・文・撮影:寺司正彦)

田崎尚美(クンドリ)
門間信樹(クリングゾル)

友清 崇(クリングゾル)
左:田崎尚美(クンドリ) 右:福井敬(パルジファル)

「ここでは時間が空間となる」

 グルネマンツが口にするこの言葉は、《パルジファル》を語る上でもっとも重要なキーワードだ。宮本はこの言葉から《パルジファル》は、ワーグナーが人類の将来について考えた作品であると考えた。

「みなさん、映画『ツリー・オブ・ライフ』はご存じですか? そこでは、ゲーテの『ファウスト』をはじめ、古今東西の作家たちを魅了してやまない旧約聖書のヨブ記をベースに、日常と目に見えない大きな宇宙がつながっています。人類の営みのなかで生まれる痛み、苦しみは宇宙につながっている。《パルジファル》にもそうした大きな問いが入っている。『ツリー・オブ・ライフ』のなかで、父親との葛藤に苦しみながら大人になって成功した青年ジャックは、これまでの人生や生き方の根源となった少年時代に思いを馳せます。
 今回の舞台はパラレルワールド。現代と過去が綯い交ぜになっています。ショーペンハウアーの哲学に影響を受けたワーグナーの作品とりわけ《パルジファル》には、仏教的なモティーフが数多く盛り込まれています。

 クンドリの生き方には、仏教的な思想が入っている。人類とは何か? これから人類がどう生きていくか? 世界中ではあらゆる問題が起こっている。共に痛みを分かち合い、互いをリスペクトできなければこれからの世界は成り立たない。オペラの世界と日常は別々のものでなく、物語とわれわれの日常は互いに影響し合っている。明るい未来が訪れることを祈りつつ演出しました。
 キリスト教と仏教が融合し、最後はクンドリが浄められ死ぬ。歌劇場の総裁エヴァ・クライニッツさん(19年癌で死去)からどうしてもと頼まれた作品です。癌で苦悩しながら総裁を務める彼女の姿とクンドリの姿が重なって、エヴァに穏やかに天国へと旅立ってほしいとの祈りを込めて演出しました」

 ラン歌劇場での初演の際に行われたアフタートークで宮本はこう語っている。

左:田崎尚美(クンドリ)、友清 崇(クリングゾル)
福井敬(中央)と花の乙女たち(左より:斉藤園子、松永知史、杉山由紀、増田弥生、郷家暁子、宮地江奈

 宮本の演出では、「人間とは」という根源をテーマに展示を行っている美術館を《パルジファル》の舞台に設定している。ワーグナーの描いた大宇宙とパラレルワールドを描くため、舞台セットはダイナミックな廻り舞台を駆使し、様々な転換を行う。《フィガロの結婚》や《蝶々夫人》でもみせた扉の回転と色彩の変化は鮮やかだ。

 さて、この日の稽古場は、マエストロによる音楽稽古と、第2幕の立ち稽古が併行して行われていた。そのため、立ち稽古は2組のキャストが混合したもの。稽古ならではの貴重なシーンだ。

セバスティアン・ヴァイグレ
黒田博(アムフォルタス)
加藤宏隆(グルネマンツ)

 今回、初日組のクンドリを務める田崎尚美は、東京二期会デビューも《パルジファル》のクンドリだった。以降、びわ湖ホールプロデュースオペラ《ワルキューレ》のジークリンデ、新国立劇場《さまよえるオランダ人》のゼンタなど、ワーグナー作品での活躍は枚挙にいとまがない。

 「10年前の二期会創立60周年記念公演《パルジファル》が私のデビューで、そのときもクンドリでした。そして、昨年カタリーナ・ワーグナーさんが芸術監督をされた東京・春・音楽祭『子どものためのワーグナー《パルジファル》』、今年3月の『びわ湖ホール プロデュースオペラ』でもクンドリを歌っていますので、とりわけ思い入れの強い役です。
 歌手のみなさんそれぞれに思い入れのある役はあると思うのですが、私にとってはクンドリがそれです。前回の東京二期会公演で飯守泰次郎先生からきめ細かく指導を受けたのは財産となっています。ですから、演出家からコンセプトやプランをいただいたらその要求に応えて、それを自分なりに昇華して歌い演じられる役かなとは思っています。急に明日歌ってくださいと言われてもすぐに歌える、唯一のレパートリーです。感情の起伏が激しくて難しい役ですが、ピットに入るのはマエストロ・ヴァイグレと読響さんですし、ほんとうに幸せですね。10年前よりももっといい歌と演技をお届けできたらと思っています。そして今回二期会創立70周年記念公演ですが、もしも80周年記念が《パルジファル》なら、そこでもぜひクンドリを歌いたいです」

左:伊藤達人 右:田崎尚美

 一方、2日目組の題名役を歌う伊藤達人は、東京文化会館・新国立劇場「オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World《ニュルンベルクのマイスタージンガー》」のダーヴィット役で高い評価を受けた新鋭。この歳での《パルジファル》題名役は大抜擢だ。

 「身が引き締まる思いです。いまの自分には少しヘビーな気もしますが、ヘルデンテノールの中でもユーゲント、例えばローエングリンやパルジファルのような役をやりたいと思っていたので、いい年齢でいい機会を与えられたな、これで成長できればいいな、と思っています。
 稽古はディスタンスのことに気をつかいながらですが、楽しく進んでいます。パルジファルを演じる上で、まだ自分が何者かもわからない時代を歌い演じるには素の自分でいけると思うのですが、自分の年齢よりも上の役をどう表現できるか、3幕に至るパルジファルの成長を声と演技でうまく伝えられたらと思っています。カッコイイ、パルジファルになりたいですね!
 これから先ももちろんワーグナーは歌いたいです。《リング》はまだまだ先だと思いますが、ローエングリンや《マイスタージンガー》のヴァルターは歌いたい役です。ワーグナー以外ではR.シュトラウスの作品。先日残念ながら中止となってしまった《影のない女》の皇帝もいつか歌いたいですね」

右:石坂宏(音楽アシスタント)

《ものがたり》
聖杯騎士団の長老グルネマンツが森の湖の近くで二人の従者とともに、奪われた聖槍で刺された傷と病に苦しむ王アムフォルタスの到着を待っていると、荒馬に乗った女クンドリが薬を届けに来る。従者たちはクンドリを異教の魔女だといって遠ざける。そこへ、ここを聖域と知らずに白鳥を矢で射落とした若者が引き立てられてくる。 彼は自分の名さえも知らない。グルネマンツは、神託で告げられた「共に苦しむことで知を得る愚者」がこの若者と思い、城へと連れていく。
悪魔と契約した魔法使いクリングゾルは、美しいクンドリを呪縛してあやつり、若者(=パルジファル)を誘惑の罠に陥れようともくろむ。 クンドリは、パルジファルに向かって両親の悲しい運命について語り、慰めようとして抱いてキスをする。その瞬間パルジファルはアムフォルタスの苦しみの原因と自らの使命を理解し、クンドリの誘惑を拒絶する。クリングゾルが現れて聖槍を投げると、槍はパルジファルの頭上で止まり、彼はそれをつかむ。
聖杯城に帰還したパルジファルは、グルネマンツと再会。新王に就任したパルジファルはクンドリに洗礼を施す。先王ティトゥレルは既に死に、聖杯の儀式もできなくなっていたアムフォルタスの傷は、聖槍によって癒される。罪から解放されたクンドリは静かに息絶える。(東京二期会公式サイトより)

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Information

二期会創立70周年記念公演
フランス国立ラン歌劇場との共同制作公演
東京二期会オペラ劇場《パルジファル》(新制作)

2022.7/13(水)17:00、7/14(木)14:00、7/16(土)14:00、7/17(日)14:00 
東京文化会館

演出:宮本亞門
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
管弦楽:読売日本交響楽団

出演
アムフォルタス:黒田博(7/13、7/16) 清水勇磨(7/14、7/17)
ティトゥレル:大塚博章(7/13、7/16) 清水宏樹(7/14、7/17)
グルネマンツ:加藤宏隆(7/13、7/16) 山下浩司(7/14、7/17)
パルジファル:福井敬(7/13、7/16) 伊藤達人(7/14、7/17)
クリングゾル:門間信樹(7/13、7/16) 友清崇(7/14、7/17)
クンドリ:田崎尚美(7/13、7/16) 橋爪ゆか(7/14、7/17)
第1の聖杯の騎士:西岡慎介(7/13、7/16) 新海康仁(7/14、7/17)
第2の聖杯の騎士:杉浦隆大(7/13、7/16) 狩野賢一(7/14、7/17)
4人の小姓:清野友香莉(7/13、7/16) 宮地江奈(7/14、7/17)
      郷家暁子(7/13、7/16) 川合ひとみ(7/14、7/17)
      櫻井淳(7/13、7/16) 高柳圭(7/14、7/17)
      伊藤潤(7/13、7/16) 相山潤平(7/14、7/17)
花の乙女たち:清野友香莉(7/13、7/16) 宮地江奈(7/14、7/17)
       梶田真未(7/13、7/16) 松永知史(7/14、7/17)
       鈴木麻里子(7/13、7/16) 杉山由紀(7/14、7/17)
       斉藤園子(7/13、7/16) 雨笠佳奈(7/14、7/17)
       郷家暁子(7/13、7/16) 川合ひとみ(7/14、7/17)
       増田弥生(7/13、7/16) 小林紗季子(7/14、7/17)
天上からの声:増田弥生(7/13、7/16) 小林紗季子(7/14、7/17)
合唱:二期会合唱団

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net
http://www.nikikai.net/lineup/parsifal2022/