板倉康明(東京シンフォニエッタ音楽監督)

ヴィオラを軸にした現代のパースペクティブ

 東京シンフォニエッタをご存じだろうか。結成28年目、現代音楽ファンにはおなじみの存在だが、ぶらあぼ記事には初登場という。「第二次世界大戦後(1945年以降)の音楽の優れた演奏と、現在活動中の作曲家達の創作と直接関わることを目的として1994年に設立」(楽団HPより)の室内オーケストラ。たしかにコアな活動ではあるが、孤高ではない。むしろその逆で、音楽監督の板倉康明の話を聴けば、古典(クラシック)を尊重し、他者との関わりを大切にしていることがわかる。

 「演奏家の使命とは、先代からいただいたものを受け継ぎ、次に繋いでいくことです。現在の東京の演奏家が、西洋古典音楽を演奏するとき、どれだけ作曲家の当時の思想や哲学を理解できるか。現代の作曲家との交流を通すことによって、それが鏡となって過去に遡及していけるのではという発想です」

 芸術の継承者としての謙虚で高邁な理念。それを体現する同団の雰囲気を伺うと、一気に笑顔が増える。

 「リハーサルは妥協なく非常に緊張するもので、それを解放する必要があります。だからみんなが大好きなのは新年会とか打ち上げです(笑)。以前は出席率98%ぐらいでしたが、この2年開催できず、“打ち上げないなら辞めます”という人まで(笑)。職場の同僚とは違う人間関係が作れるわけで、仲がいい団体だと思います。幸か不幸か私はお酒を飲めないので、打ち上げの片付けと精算を間違えずに行うという任務がある。これこそ監督の仕事です(笑)」

 7月の演奏会は「ソリストシリーズ」と銘打ち、ヴィオラの百武由紀にフィーチャーして、ヴィオラにまつわる楽曲を並べた。

 「当団の経験豊富なプレイヤーの知見を全員で共有できる場でもあります。百武さんは本物のヴィオラの音を奏でられるすばらしいプレイヤーで、フレキシビリティが非常に高い。なにより本当に音楽が好きですよね。音楽好きじゃない演奏家も意外と多いのです」

 プログラムは6曲、シュルホフ、ノックス、ヒンデミット、ベンジャミン、ブリテン、西岡龍彦(新作)。各曲の詳述はできないが、ヴィオラを中心とするユニークなアンサンブル作品が並び、楽器の魅力が多角的に明らかになる、ヴィオラを愛好する人にはたまらない演目だ。板倉が指揮するのはブリテン「ラクリメ」と西岡の新作。

 「西岡龍彦さんは百武さんの同級生だそうです。以前百武さんがアコーディオンの名手、大田智美さんと共演して意気投合していたことから、今回はヴィオラとアコーディオンのダブルコンチェルトの依頼になりました。まだ曲の全容は分かりませんが、パリのクリュニー中世美術館のタピスリー『貴婦人と一角獣』からインスピレーションを受けているとのことです」

 多数の新作を初演してきた板倉にそのポイントを伺うと、重要な視点が浮かび上がる。

 「知らない町に初めて行った時のような…何が起きるのか、どんな人がいるのか、そこに溶け込もうという感覚かもしれません。新作初演で一番大事なのは、価値判断を絶対にしないこと。ニュートラルに楽譜と自分たちが対話して作って、次につなげる。それが我々のスタンスです」

 現代音楽を主戦場とする板倉に「ロマン派以前の音楽は?」と水を向けると、「もちろん大好きです!」との返答。

 「私はクラリネット奏者ですが、死ぬ前に何か一回吹いていいと言われたら、絶対モーツァルトのコンチェルトです(笑)。バッハもベートーヴェンも大好きです。当団のリハーサルでストレスが溜まると、ショパンを弾いて“ああきれいな音だな”とストレス解消することも(笑)。音楽も社会と密接な関係があります。現代社会に生きるストレスを感じると“じゃあ温泉行こう”となるように、社会のストレスが反映した作品をやるとき、我々音楽家は調性の穏やかな音楽をやるとホッとすることがあるわけです。最近はいわゆる癒し系の作品も出てきている。今後もしもっとストレスがかかってきたら、さらに穏やかになるのか、強烈な音で表現していくことになるのか。とにかく、演奏して繋いでいかなければなりません。現代作品を追求するアプローチは、結局クラシック作品を現代の日本に生かす方法だとも考えています。そういうわけで、クラシック作品もぜひやりたいと思っていますので、お仕事あったらいつでもください(笑)」

 7月公演は、板倉と東京シンフォニエッタの魅力、ヴィオラの可能性の広がり、時代性の反映など、多様な視点から意義深い時間になるはず。あとは無事に打ち上げができる状況になっていることを祈るばかり。
取材・文:林昌英
(ぶらあぼ2022年7月号より)

東京シンフォニエッタ 第51回定期演奏会 ソリストシリーズ・ヴィオラ
2022.7/8(金)19:00 東京文化会館(小)
問:AMATI 03-3560-3010
https://www.amati-tokyo.com