INTERVIEW 大阪フィルハーモニー交響楽団 音楽監督 尾高忠明(指揮)

お客様が包んでくれるようなミューザで、愛情にあふれたエルガー1番を

取材・文:林昌英

尾高忠明(c)飯島隆

7~8月の川崎、多くのオーケストラが練りに練ったプログラムを持ち寄り、夏の音楽シーンを熱くしている「フェスタ サマーミューザ KAWASAKI」。今年も注目公演ばかりだが、ことに目を引くのは大阪フィルハーモニー交響楽団の初登場だろう。指揮は2018年に第3代音楽監督に就任した尾高忠明。ここ数年で大きく表現の幅を広げて、ますます好調な彼らの成果を関東で体験できる好機となる。

「ミューザ川崎のホールが大好きで、今回の出演は本当に嬉しいです。舞台と客席が近くて、お客様に乗せられてしまうような、ある意味でロンドンのプロムスに近い雰囲気があります。フェスタ サマーミューザは地方オーケストラを積極的に呼び始めていますね。様々な楽団を聴き比べていただくことでその良さが分かりますし、各楽団も頑張ろうといい刺激になります」

大阪フィル監督就任から5年目に入り、深い手応えを感じていると語る。

「大阪フィルとは長い付き合いですが、音楽監督になった頃から、それまでの自分の演奏には無かったものを表出してくれることが多々あり、驚かされています。今回演奏するエルガーも、英国の楽団とたくさんやりましたが、大阪フィルはどことも違う良さ、うねりといったものがあります。コロナ禍の時期に我慢の苦しさと再開の喜びを共有したこともあり、いまは大阪フィルと自分が本当の家族の一員になっていると感じられます」

今回の演目はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とエルガーの交響曲第1番。前半のソリストは尾高と初共演となる、ロシア出身のイリヤ・ラシュコフスキー。素晴らしい奏者で非常に楽しみと語る一方で、春先にあったロシア演奏家への忌避のムードを強く憂いている。

「春頃の演奏会ではロシアの方との共演にクレームがきたという話がありましたが、こんなに悲しいことはありません。国同士のことがあっても、国民同士が一緒にいがみ合うなんてとんでもないことです。とにかくイリヤさんとは一緒に良いラフマニノフを演奏したいです」

尾高忠明が振るエルガーの第1番といえば、本場英国の楽団と共演を重ねてきた、自他共に認める十八番のレパートリーである。今回は会場側の強い希望で実現に至ったとのことで、「お客様が包んでくださるようなミューザで、愛情にあふれたエルガーの1番を演奏したら、さらに違う表現ができるかもしれません」と楽しみにしている。本作の大きな魅力は、音楽に込められた英国人ならではの気質であるという。

「ポイントはたくさんありますが、やはり冒頭のヴィオラが奏でるテーマの美しさ。英国人のロマンティシズム、センチメンタリズムというものが如実に表れていて、それでいて決して品が悪くならない。エルガーにはノーブルなだけではなくて、心の奥から絞り出すようなパッションがあり、美しいメロディがあります。それらが英国人独特の感性と合致しているため、英国音楽の父と言われているのだと思います」

エルガーの性格にブルックナーとの共通点を見出し、それが大阪フィルの特性にまでつながるという意外な発見もあった。

「エルガーは若いころから成功したいという野心はありましたが、ブルックナーと同様、とにかく奥手の作曲家ですね。でも奥手の人の音楽は心の深いところに入り込んできます。エルガーもブルックナーも神を信じ、教会を大切にして、それぞれの地元の丘の上からロンドンやウィーンでの成功を夢見ていました。そういえば、以前大阪フィルとエルガーの3番をやったとき、当時は録音や勉強の素材がそれほどなかった曲でしたが、驚くような“エルガーの音”がしたのです。ああ、このオケはブルックナーをたくさんやってきた、だからこれが分かるんだと。朝比奈隆先生以来の楽団のDNA、もしくは大阪の気質や感性とブルックナーが合っている、その延長でエルガーも合っていた、ということがわかってきました。最近は彼らの中に“エルガー好きやねん!”という気持ちがあるのを肌で感じております(笑)」

エルガーの交響曲第1番には「last desk(ラストデスク)」という指示がある。弦楽器4パート(コントラバス以外)の一番後ろのプルト(英語でdesk)だけが違うことを弾く場面が、全曲にわたり幾度も出現する。4パート8人のラストデスクは最も遠い箇所で弾くわけで、目にも耳にも面白い効果がある。

「冒頭のテーマが初めてラストデスクだけで弾かれるとき、曲をよく知らない人であれば、どこから聞こえてくるの?と思うはずです。遠くからのメロディが、より美しく、深さを持って聴こえてくる。その距離感、空間の使い方をエルガーは好んだのです。ラストデスクの人たちは遠くてアンサンブルは難しいのですが、うまくいった時の効果が素晴らしい。これをミューザでできるのも楽しみで、また違った体験になると思います」

このラストデスクの話題のほか、変イ長調の冒頭のテーマの響き方、第2楽章の主題がそのまま第3楽章の主題にもなる効果、第3楽章はじめエルガー作品に頻出する7度の(音程の)跳躍のロマンティックな表現の秘密など、本作を愛するマエストロならではの深い示唆に富む話は尽きなかった。

尾高忠明、大阪フィル、ミューザ川崎、そしてエルガーの交響曲第1番。それぞれが強い愛情で結びついて実現するこの機会、ぜひともこの空間で体験を。

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2022
大阪フィルハーモニー交響楽団

2022.8/5(金) 19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

(18:20~18:40 尾高忠明によるプレトーク)

出演
指揮:尾高忠明(大阪フィルハーモニー交響楽団 音楽監督)
ピアノ:イリヤ・ラシュコフスキー

プログラム
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
エルガー:交響曲第1番

問:ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/