東京国際音楽コンクール〈指揮〉入賞デビューコンサート 7月に開催

上位入賞3名が初登場のN響と共演

文:池田卓夫

 東京国際音楽コンクール〈指揮〉は民主音楽協会(民音)が1967年に開始、審査には世界の名指揮者が招かれるなか、審査委員長は齋藤秀雄、朝比奈隆、外山雄三と日本楽壇の重鎮が務めてきた。2021年の第19回は、1970年の第2回で第2位を得た尾高忠明が同コンクール出身者で初の審査委員長(第4代)に就いた。コロナ禍の長期化で開催が危ぶまれたなか、49ヵ国・地域から331人が応募、14人が第1次審査を通過した(うち棄権2人)。海外からの参加者と外国審査員の全員が隔離措置を受け入れ、10月3日、東京オペラシティ コンサートホールでの本選審査・表彰式まで、全日程を滞りなく消化できたのは奇跡に等しかった。2022年7月5日、思い出の東京オペラシティ コンサートホールに上位3人が集い、指揮する「入賞デビューコンサート」は尾高の強い希望を入れ、NHK交響楽団が初めて出演する。

NHK交響楽団

 2018年の第18回は第1位に沖澤のどか、2位に横山奏、3位に熊倉優と入賞者全員が日本人、しかも史上初の女性優勝者ということで話題を呼んだ。第19回の日本人最高位は1996年生まれの米田覚士の入選(4位)にとどまった代わり、第1位に史上初のブラジル人優勝者となったジョゼ・ソアーレス(1998-)、2位に最近までカルテット・アロドでチェロを弾き、指揮者に転じて9ヵ月のフランス人サミー・ラシッド(1993-)、3位に自身のオペラ・フェスティバルをすでに組織している英国人バーティー・ベイジェント(1995-)と国籍だけでなく、それぞれにユニークなバックグラウンドを持つ3人が選ばれた。全員、日本のオーケストラを指揮するのは初めてだった。

第19回 東京国際音楽コンクール〈指揮〉本選 ハイライト

 昨年10月4日の入賞者記者発表会後、私は民音の依頼でインタビュー動画の聞き手を務めた。それぞれ、生の言葉を交えながら彼らの人物像を紹介していこう。課題曲はロッシーニの歌劇《どろぼうかささぎ》序曲(本選のオーケストラは新日本フィル)だった。

第1位/聴衆賞
ジョゼ・ソアーレス José SOARES
(ブラジル)

ジョゼ・ソアーレス

 ソアーレスは自由曲のストラヴィンスキー「バレエ音楽『ペトルーシュカ』」(1947年版)を完全にプロフェッショナルなスキルで整然と鳴らし、本選参加4人中最年少であったにもかかわらず余裕すら感じさせた。
「指揮者は自分で音を出さず、人間性と様式感、文化的アイデンティティーが複雑に絡み合った職業であると理解しています。そのことは子どもの頃から、プロの合唱指揮者である母から学んできました。16歳で指揮の勉強を始めたものの、良い音楽家への道のりは気が遠くなるほど長いと覚悟しています」
 2020年にブラジル第二のオーケストラ、ミナス・ジェライス・フィルハーモニー管弦楽団で副指揮者に就いて間もなくコロナ禍で活動停止に追い込まれ、再開後は日本と同じく、キャンセルした外国からの客演指揮者の代役で本番を数多く引き受け、「一気に経験を積むことができた」ことも幸いした。予選の東京フィル、本選の新日本フィルとも「まったく異なる固有のパーソナリティーを備え、参加者に対しても心を開き、間違いなく最高水準のアンサンブルです」と語り、N響との初共演も心から楽しみにしている。曲目は一転、ドイツ音楽。しかも、独特のオーケストレーションで再現解釈の難易度が高いシューマンの交響曲第1番「春」に挑む。

第2位
サミー・ラシッド Samy RACHID
(フランス)

サミー・ラシッド

 ラシッドの自由曲はサン゠サーンスの交響曲第3番「オルガン付」。優れた身体表現能力を駆使し、静謐な気品をたたえた弱音から豊麗な音響が炸裂するフォルテまで、サン゠サーンスの音色美を息の長いフレージングでニュアンス豊かに再現、唖然とさせた。本当に「今年(2021年)1月にカルテットを辞め、チェコとハンガリーで一度ずつ指揮しました」という“駆け出し”なのか?
「日本のお客様はフランス音楽に強い嗜好をお持ちです。フランス人である私の考えと新日本フィルとの出会いは特別な音楽の瞬間をもたらし、これ以上の“賞”はなかったと思います。非常にプロフェッショナルでオープン、若いコンクール受験者にもすごく協力的でした」
 N響とのデビューコンサートでは未知のドイツ音楽の領域へと歩を進め、ワーグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》から〈前奏曲と愛の死〉を指揮する。

第3位/特別賞・齋藤秀雄賞/オーケストラ賞
バーティー・ベイジェント Bertie BAIGENT
(イギリス)

バーティー・ベイジェント

 ベイジェントが自由曲の交響詩「死と変容」を振り出した瞬間、R.シュトラウスの求める柔らかく分厚い音が広がり、作品のドラマトゥルギー(作劇術)を的確に追体験できる手腕に強い印象を受けた。「R.シュトラウスはオペラ作曲家ですから、交響詩にも物語があり、本選では単一楽章の“長い旅路”をきちんと理解し、お伝えしようと努めたのです。新日本フィルは驚くべきサウンドとパワーで、私の描く物語を再現してくださいました」
 本国では学生時代の仲間とウォーターぺリー・オペラ祭を2016年に立ち上げ、新作オペラの作曲にも取り組んでいる。デビューコンサートでは自国の作曲家、エルガーの序曲「南国にて(アラッシオ)」を指揮する。エルガーが一家で滞在したイタリア・リッグーリア沿いの避寒地アラッシオの風物に霊感を得た単一楽章の名曲で、ベイジェントのストーリーテラーぶりが存分に発揮されるはずだ。

第19回 東京国際音楽コンクール〈指揮〉 入賞デビューコンサート 指揮コン × N響
2022.7/5(火)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

♪R.シューマン:交響曲 第1番 変ロ長調「春」op.38(指揮:ジョゼ・ソアーレス)
♪ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》より〈前奏曲と愛の死〉(指揮:サミー・ラシッド)
♪エルガー:序曲「南国にて(アラッシオ)」op.50(指揮:バーティー・ベイジェント)
管弦楽:NHK交響楽団

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