生誕200年を迎えるフランクの音楽

文:小沼純一

還暦をすぎて円熟をみせるフランクの唯一性

セザール・フランク
Photo:Pierre Petit

 ことし2022年に生誕200年となるセザール・フランク。この作曲家のよく知られた作品は晩年に集中しています。1878年から翌年にかけて書かれたピアノ五重奏曲からあと、1882年、還暦をすぎてピークを迎えます。《ジン》《プシケー》といった交響詩からコンチェルト・スタイルの「交響的変奏曲」、「交響曲ニ短調」といったオーケストラ作品、オルガン曲「プレリュード、コラールとフーガ」「プレリュード、アリアと終曲」「3つのコラール」、そして先に引いたピアノ五重奏曲につづくようなかたちでの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」と「弦楽四重奏曲ニ長調」。21世紀現在ではもはや廃れたか忘れられたかにみえる円熟ということばが、この時期のフランクにはあります。交響詩をべつにすれば、どれもフォーマットとして一点ずつであることも強調すべきでしょうか。この編成でやれること、やれるべきことはここでしっかりエラボレイトする。ほかの可能性や逃げ道はのこさない。そんな唯一性がソナタ、四重奏曲、五重奏曲、交響曲にはあります。

桎梏からの離脱

 若いころは「リストのような」ヴィルトゥオーゾ・ピアニストになるべく、父親に厳しくしつけられました。ブリリアントなピアノ曲を書き、ヴァイオリンを弾く弟ジョゼフと一緒に各地で演奏をしてまわります。そうした生活に、音楽活動にフラストレーションをおぼえていたセザール。この桎梏から離脱するのは1848年、結婚を機に、でした。パリに拠点を定め、10年後、1858年にはサン・クロティルド教会のオルガニストに、1872年にはパリ・コンセルヴァトワールのオルガン科の教授に就任。オルガンの作品は大きなオルガンから小型のハルモニウムのためのもの、また長短さまざまな楽曲がつくられました。

国民音楽協会の設立

 普仏戦争において大きな衝撃だったセダンの戦いの敗北は、「アルス・ガリカ(ガリア人(フランス人)の芸術)」を掲げた国民音楽協会の設立を促し、フランクもサン=サーンスやロマン・ビュシーヌらとともに協会設立に尽力します。1871年のことです。ベルギーはリエージュの生まれで祖先はドイツ系というフランクは、もしかすると、複雑なおもいを抱いていたかもしれません。

ベートーヴェン以降の室内楽を、ドイツの文脈からフランスの文脈へと翻訳

 フランスは舞台の国です。演劇、オペラ、バレエが盛んでした。楽音だけで構築される音楽はあまり人気が得られませんでした。19世紀半ばすぎくらいまで、交響曲や弦楽四重奏で、現在でもよく耳にする作品はあまりおもいあたらないのではないでしょうか。しかし、作曲家の意識も変わってきました。
 フランクは大きな存在でした。ベートーヴェンからシューマンらの構築性、ワーグナーの半音階やモティーフの手法(べつの楽章の主題が最後の楽章に回帰する循環形式)、そこにオルガンで培われたメロディが、音色へのセンス(方向=意味)が混じりあいます。批判する人たちも大勢いました。でも支持する人たちも多くいたのです。そうしたなかで、晩年の名作が生まれてきます。なかでも、ヴァイオリンとピアノのための「ソナタ」は、当時の名演奏家、ウジェーヌ・イザイが初演を手掛け、各地で演奏したことで、高い評価を得ることができました。フランクといえばこのソナタを連想されるのも、むべなるかな、です。
 ベートーヴェン以降の室内楽を、ドイツの文脈からフランスの文脈へ、近代の市民社会の文化へと翻訳したのがフランクの室内楽、としてみてみたら、どうでしょう。ドイツ/フランスの二項対立ではなく、その統合としてのフランク作品というふうに。そうして、19世紀末から20世紀初頭にかけてのフランスの室内楽は、好むと好まざるとにかかわらず、肯定したり反撥したりしたうえで、フランクの存在を意識して生れたととらえると、どうでしょう。フランス音楽にあまりなじみがないひとでも、また、ドイツ音楽に堅苦しさをおぼえるひとでも、フランクから、フランクを聴くことでみえてくるもの、があるかもしれません。

【Information】
フランクの室内楽
 生誕200年に寄せて

2022.4/9 (土) 14:00 東京藝術大学奏楽堂(大学構内)

●出演
ヴァイオリン:漆原朝子、倉冨亮太
ヴィオラ:須田祥子
チェロ:山崎伸子
オルガン:大木麻理
ピアノ:三浦謙司
●曲目
フランク:
 3声のミサ曲 op.12 より 天使のパン(ヴァイオリンとオルガン版)
 3つのコラール より 第3曲 イ短調
 ヴァイオリン・ソナタ イ長調
 ピアノ五重奏曲 ヘ短調
●料金(税込)
S¥5,500 A¥4,000
U-25¥1,500

上段左より:漆原朝子、倉冨亮太、須田祥子
下段左より:山崎伸子、大木麻理、三浦謙司

【来場チケット販売窓口】
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