《ミスター・シンデレラ》は2001年に日本初演。日本オペラ協会では2004年に鹿児島オペラ協会との共同制作で東京初演を行い、17年には室内オペラ版を新国立劇場小劇場で上演した。奇想天外なストーリーと親しみやすい音楽を持つ、現代的な日本語オペラとして好評を博したこの作品がフル・オーケストラ版に近い編成で、2月19日、20日に新宿文化センターで上演される運びとなった。初日組の最終総稽古(ゲネラルプローべ)を取材した。
(2022.2/17 新宿文化センター 取材・文:室田尚子 撮影:寺司正彦)
鹿児島の大学を舞台に、ミジンコの研究にいそしむ主人公の伊集院正男が、間違って蜂の性ホルモンを飲んでしまったために、潮の満ち引きによって体が女性化してしまうという物語。2017年の室内オペラ版では作品の「芝居」としての面が強調されていたが、今回は東京フィルの芳醇な響きを得て、より音楽的な充実が図られた。また、装置も白を基調としたモダンなものに一新され、ヴィジュアル的にも見応えのあるものとなっている。惜しむらくはオーケストラと舞台上の歌手たちが発するセリフとのバランスがあまり良くなく、日本語が聞き取りにくい箇所があった。字幕があるので内容がわからないことはないが、セリフの多い作品なので、本番までに調整が行われることを期待したい。
見どころはたくさんあるが、やはり山本康寛演じる正男と、鳥木弥生演じる赤毛の女が入れ替わるシーンを推したい。入れ替わりは自分の意思ではできないため、ドレスを着たまま正男に戻ってしまったり、父親の前に赤毛で現れてしまったりするのだが、ふたりは本来は1人の人間。山本と鳥木の入れ替わりがどれほど自然か(あるいは逆にどれほど変わってしまうのか)に注目だ。また第1幕と第2幕を繋ぐ〈アントラクト〉では、正男と赤毛の女が鏡を挟んで、互いの存在を認め始めた証に口づけを交わす。月の光が差し込み、波音が響く中で交わされる「自分とのキス」は、古今のオペラの中でもあまり見たことのない幻想的で官能的な印象を与える。
この作品には3組のカップルが登場する。正男の両親である伊集院忠義・ハナ夫妻、正男と薫、そして正男の研究室にいる若い卓也と美穂子だ。3組はそれぞれ旧世代の夫婦、今を生きる夫婦、そして未来に夫婦となる(かもしれない)ふたり、ということができるだろう。この3組の姿を通して、オペラは「愛とは、結婚とは何か」を問いかけてくる。その背後に「男と女」「男らしさと女らしさ」「男女の役割分担(ジェンダーロール)」といった今日的な問題があることも見逃せない。
第1幕で正男の母ハナが歌う徳之島の子守唄「ねんねかせ」や、第2幕で登場するおはら節のメロディや鹿児島の風物を読み込んだ合唱など、地方の特色を活かした音楽がある一方で、海辺のホテルで赤毛の女が歌うアリアはジャジーなクラブ歌唱風と、音楽的なバラエティにも富んでいる。人が生きることの意味や人を愛することの喜びという普遍的なテーマを、色彩豊かでいきいきとした音楽とわかりやすい言葉で描いた《ミスター・シンデレラ》。現代に生きるすべての人にアピールする作品ではないだろうか。
【Information】
日本オペラ協会公演 日本オペラシリーズNo.83
《ミスター・シンデレラ》(新制作)
2022.2/19(土)、2/20(日)各日14:00 新宿文化センター
作曲・音楽監修:伊藤康英
台本・演出:高木 達
指揮:大勝秀也
●出演
伊集院正男:山本康寛(2/19) 海道弘昭(2/20)
伊集院薫:鳥海仁子(2/19) 別府美沙子(2/20)
垣内教授:山田大智(2/19) 村松恒矢(2/20)
伊集院忠義:江原啓之(2/19) 清水良一(2/20)
伊集院ハナ:きのしたひろこ(2/19) 吉田郁恵(2/20)
赤毛の女:鳥木弥生(2/19) 佐藤 祥(2/20)
マルちゃんのママ:鈴木美也子(2/19) 座間由恵(2/20)
卓也:松原悠馬(2/19) 高畑達豊(2/20)
美穂子:神田さやか(2/19) 岡本麻里菜(2/20)
マミ:山邊聖美(2/19) 伊藤香織(2/20)
ルミ:高橋香緒里(2/19) 山口なな(2/20)
ユミ:遠藤美紗子(2/19) 安藤千尋(2/20)
合唱:日本オペラ協会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp