【ゲネプロレポート】藤原歌劇団公演
ヴェルディ作曲《イル・トロヴァトーレ》

愛と呪いの世界を魅力的に味わえる銀色の声の饗宴

 《リゴレット》《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》と並ぶヴェルディ中期の3部作に数えられる《イル・トロヴァトーレ》。人気の点でもヴェルディのオペラのなかで屈指である。ほかの2作の求心的な劇展開にくらべ、場面を切り張りしたような旧タイプの台本が欠点だという指摘もあるが、それは違う。激しいドラマと音楽が密着しきれていない隙間には、美しく魅惑的な旋律があふれている。そして、それらの旋律がすぐれた歌唱で満たされると、ドラマがさらに深掘りされるという好循環が生まれる。もちろん、藤原歌劇団はふさわしい歌唱で勝負をかけてきた。公演日は東京文化会館で1月29日、30日、愛知県芸術劇場で2月5日。初日および愛知組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)を取材した。
(2022.1/27 東京文化会館 大ホール 取材・文:香原斗志 撮影:寺司正彦)

中央:田島達也(フェランド) 
左:松浦 麗(イネス) 右:小林厚子(レオノーラ) 

 短い序章ののちに幕が開くと、フェランドが衛兵たちに語り聞かせる。ルーナ伯爵の幼少時、ロマの老女を火刑に処した際、伯爵の弟が姿を消し、老女を焼いた灰のなかから幼子の焦げた遺体が見つかった、という話である。老女の娘がアズチェーナだが、彼女は間違ってわが子を火に入れてしまっていた。つまり、彼女が息子として育てたマンリーコこそ伯爵の弟だが、女官レオノーラと相思相愛のマンリーコは伯爵の仇敵であった——。

 そんな物語を象徴するかのように、舞台の背景には巨大な茨が描かれ、茨のなかで物語は展開する。そして茨は種々にアレンジされ、音楽がかもし出す夜の雰囲気に寄り添い、また雰囲気を深めていく。それは演出の粟國淳の慧眼だといえる。

 レオノーラが登場する。実は、ヴェルディがこの役に求めているのは、必ずしもドラマティックな表現ではない。繊細な表現や美しいレガートのほか、軽やかな跳躍、柔軟なアジリタといった装飾的表現も要求している。一方、レオノーラ役に起用された小林厚子(ソプラノ)が誇るのは、豊かで力強い表現で、必ずしも装飾歌唱を得意としない。だが、彼女の声を聴いて納得した。艶やかだが魅力的な翳りを帯びた小林の声は、哀愁を湛えた銀色の響きがなんとも魅力的である。

左より:須藤慎吾(ルーナ伯爵)、小林厚子(レオノーラ)、笛田博昭(マンリーコ) 
中央:松原広美(アズチェーナ) 

 オペラの黄金時代と呼ばれた1950年代や60年代には、歴史的なベルカントにつながる繊細な表現は、《イル・トロヴァトーレ》に要求されなかった。近年、作曲者の意図を尊重した上演が増えるにつれ、歌の魅力が減退したという指摘もある。それに対し、黄金時代の歌唱を再現しよう――。そんな狙いが感じられる。

 実際、須藤慎吾(バリトン)が歌うルーナ伯爵も、身に着けた甲冑の銀色の輝きに呼応するかのように、銀色としか言いようがない渋い輝きで歌い上げる。マンリーコ役のテノールは笛田博昭で、惚れ惚れするような力強く輝かしい声でイタリアらしいカンタービレあふれる流麗な歌唱を聴かせる。

左:笛田博昭(マンリーコ) 右:松原広美(アズチェーナ)
左:須藤慎吾(ルーナ伯爵) 右:田島達也(フェランド)

 近年、世界的に行儀のよい上演が増えたが、こうして立派な声と声がぶつかり合うのもまた、オペラの魅力だと再認識させられる。特に《イル・トロヴァトーレ》に描かれるような異常な世界には、力ある声の饗宴を通さないと伝わらないものもありそうだ。歌手の負担を軽減しながら聴かせどころを維持するためだろう。スコアには慣習的なカットが加えられると同時に、カデンツァなどが変形されているのも、“黄金時代”と同様である。

 アズチェーナを歌う松原広美(メゾソプラノ)は、質量がある声を端正に響かせ、そこに情念が自然に乗せられていて、聴き応えがある。休憩後の第3幕からは、声にさらに勢いが増していった。

 また、第3幕は〈見よ、恐ろしい炎を〉をはじめ、マンリーコの聴かせどころが多い。笛田は本番に声を維持するために抑え気味に歌っていたが、カンタービレの美しいレガートと輝かしいハイCには大いに期待が持てた。

手前左より:須藤慎吾(ルーナ伯爵)、小林厚子(レオノーラ)、笛田博昭(マンリーコ) 
左より:須藤慎吾(ルーナ伯爵)、松原広美(アズチェーナ)、田島達也(フェランド) 

 再び休憩ののち、第4幕はレオノーラが出ずっぱりとなる。囚われの身になったマンリーコへの想いを歌う〈恋はバラ色の翼に乗って〉は、下降旋律に哀感が色濃くにじみ、装飾音型が彼女の気高さを象徴する。そして、ルーナ伯爵との緊迫した対決。緊迫感を保ちながら終幕の悲劇に向かう過程で、小林の夜に咲くバラのような哀感を湛えた色彩が、心を強く揺さぶった。

 東京フィルハーモニー交響楽団を指揮したのは山下一史。管弦楽から色彩や表情をあまり引き出さず、劇性を強調した音楽づくりは、色彩豊かな声の饗宴を引き立てたようにも思う。

左:小林厚子(レオノーラ) 右:笛田博昭(マンリーコ) 
小林厚子(レオノーラ)

藤原歌劇団公演
ヴェルディ:《イル・トロヴァトーレ》(新制作)

(全4幕、字幕付き原語(イタリア語)上演)

2022.1/29(土)、1/30(日)各日14:00 東京文化会館
2/5(土)14:00 愛知県芸術劇場


指揮:山下一史
演出:粟國 淳

合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団(東京)、セントラル愛知交響楽団(愛知)

●出演
レオノーラ:小林厚子(1/29, 2/5) 西本真子(1/30)
マンリーコ:笛田博昭(1/29, 2/5) 村上敏明(1/30)
ルーナ伯爵:須藤慎吾(1/29, 2/5) 上江隼人(1/30)
アズチェーナ:松原広美(1/29, 2/5) 桜井万祐子(1/30)
フェルランド:田島達也(1/29, 2/5) 相沢創(1/30)
イネス:松浦麗(1/29, 2/5) 髙橋未来子(1/30)

問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp