小林厚子(ソプラノ)

ヴェルディのヒロインには、強さと深さが求められるのです

(c)Yoshinobu Fukaya

 芯の通った強さと豊かな情感を備えた美声で次々と大役をこなし、注目を浴びるソプラノ、小林厚子。これまでに身につけた「長い長い時間をかけて『声』を勉強していく」スタンスが、ここにきて花開いている。今年前半には新国立劇場の《ワルキューレ》ジークリンデと《ドン・カルロ》エリザベッタに挑戦し、見事な成功を収めて話題をさらった。

 「思いもかけずジークリンデを打診いただいた時には大変驚きました。初役でドイツ語、時間も足りない。けれどどういうわけか、ふだんは慎重なタイプなのにこの冒険にポンと飛び込んでしまいました。私自身が双子であることも、ジークリンデにご縁を感じた要因かもしれません(笑)。
 エリザベッタのオファーには震える思いでした。憧れの役でしたし、新国立劇場の前回の公演ではカヴァーを担当しましたので、どれだけ大変な役かわかるだけに、不安も大きかったです。けれど《ワルキューレ》の時もそうでしたが、チームの皆さんが素晴らしく、より良いものを作ろうと真摯に向き合う姿に力をいただき、不安や緊張を集中力に変えていくことができました」

 来年1月、2月には、藤原歌劇団公演で《イル・トロヴァトーレ》のレオノーラを歌う。ヴェルディ作品ではこれまで《アイーダ》タイトルロール、《ナブッコ》アビガイッレ、《マクベス》マクベス夫人などドラマティックなレパートリーを歌ってきたが、レオノーラはよりベルカント的な役柄だ。

 「《イル・トロヴァトーレ》はベルカント的な様式で書かれており、感情や音楽に溺れることなく様々な要素をコントロールしなければなりません。レオノーラは抒情的でありながらドラマティックな強さも要求されますし、中低音域もよく使われ、アジリタもこなさなければなりません。それを踏まえた上で、レオノーラのしなやかさ、哀しさ、愛が表現できたらと思います。特に第4幕のアリア〈恋はばら色の翼に乗って〉から〈ミゼレーレ〉までの部分は、物語を経て深まったレオノーラの哀しみと強さが吐露されるのに加え、後期作品にあるような音楽的描写もあり、魅力的なページです」

 レオノーラもそうだが、ヴェルディのヒロインには、「それ以前の作曲家より強さと深さが求められる」という。音楽的には「ドラマティックでありながら繊細なオーケストラの上に、声が美しい旋律を紡いでいくのも魅力。重唱やコンチェルタートも充実していて、オーケストラと人間の声の重なり合いも醍醐味ですね」。タクトは山下一史、管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団、セントラル愛知交響楽団(2/5のみ)。

 今回もまた「素晴らしいチームに恵まれた」という小林。特に粟國淳の演出に関しては、「私がジャンネッタ役で藤原にデビューした時の《愛の妙薬》を演出なさっていて、いつかまた粟國さんの舞台に立ちたいと願っていました」。

 オペラの舞台に立つ喜びは、「たくさんのプロフェッショナルがいて、それぞれがそれぞれの役割に真摯に向き合うことで様々な化学反応や相乗効果が生まれ、唯一無二の舞台が生まれる」ことにあるという。

 「劇場は、客席にも舞台にも人間のエネルギーが満ちていて、それが循環して初めて生きる場所です。良い上演ができるようチーム全員で励みますので、ぜひ劇場にお越しください」
取材・文:加藤浩子
(ぶらあぼ2021年12月号より)

藤原歌劇団公演
ヴェルディ:《イル・トロヴァトーレ》(全4幕、新制作)
2022.1/29(土)、1/30(日)各日14:00 東京文化会館
2/5(土)14:00 愛知県芸術劇場
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp
※小林厚子は1/29、2/5に出演。配役は上記ウェブサイトでご確認ください。