※4月16日「東京春祭 歌曲シリーズ vol.35」、及び4月19日「Opera Night」の2公演は中止となりました。詳細は音楽祭公式サイトをご確認ください。
珠玉の歌曲に酔い、心打たれる4回の無上の時間
文:香原斗志
東京・春・音楽祭はリッカルド・ムーティと東京春祭オーケストラやワーグナー・シリーズが脚光を浴び、事実、圧倒的な印象を残すが、実は歌曲シリーズもそれらの目玉公演に負けず劣らずすばらしい。昨年と一昨年は、新型コロナウイルスの感染拡大が原因で軒並み中止になり残念でならなかったが、そのぶん最高の歌手たちの公演が並ぶ今年への期待は、自ずと膨らんでくる。
ドイツ・リートをはじめとする歌曲は、詩と音楽が深く結びついている。四季折々の自然が描かれれば、秘めた心や激しい胸のうちなど恋情が描かれることも多い。自分自身と厳しく向き合う内容もある。いずれも歌い手は、なにをどう伝えるか楽譜と詩から深く読みとって、詩の語感を大切にしながら音にする。
すぐれた歌い手であるほど知と情を総動員し、ともに曲のイメージを創り上げるピアニストとも連携して、短い曲のなかに小宇宙を創造する。それが聴き手の知と情を最大限に揺さぶる。並べられた曲が一つひとつ心に染み入るリサイタルは、珠玉の名画がいくつも並んだ美術展さながらに、ときにはそれ以上に刺激的である。
詩的な世界を掘り下げるシリンス
先頭を切って4月1日に歌うのが、バスバリトンのエギルス・シリンス。70を超えるレパートリーを誇るが、とりわけワーグナー歌手としての足跡は、近年デビューしたバイロイト音楽祭での活躍をはじめとして輝かしく、東京春祭でも風格あるヴォータンやさすらい人で強い印象を残している。
昨年の演奏会は入国制限のために中止になり、今回はそのリベンジである。チャイコフスキー、ラフマニノフ、ムソルグスキーらのロシア歌曲に始まり、ダールジンシュ、ヴィートルス、カルニンシュという母国ラトヴィアの作曲家の曲も聴かせてくれる。そしてシューベルトにR.シュトラウス。オペラでも詩に対する鋭敏な感覚が抜きん出ているシリンス。やはり音と言葉を紡ぎ合う名手である同郷のマールティンシュ・ジルベルツのピアノを得て、詩的な世界がどれだけ深く掘り下げられるか、楽しみでならない。
メルベートの全貌を堪能する一夜
4月10日にはソプラノのリカルダ・メルベートが登場する。ワーグナーやR.シュトラウスのオペラで傑出した評価を得ている彼女はこれまでも来日が多く、東京春祭《さまよえるオランダ人》のゼンタのほか、新国立劇場でも《ジークフリート》のブリュンヒルデや《フィデリオ》のレオノーレ、《ばらの騎士》の元帥夫人などを歌ってきた。いずれも豊麗な声による力強い歌唱と極上の気品が並び立った、息を吞むほどの歌唱であった。
歌曲シリーズで聴かせてくれるのも、メルベートが最も得意とするオペラからアリアやモノローグの数々である。モーツァルト《魔笛》のパミーナのアリアに始まり、ワーグナーのエルザ、エリーザベト、ゼンタ、そしてイゾルデと、聴き応えのある曲が女性の成長物語のように並んで、字面を見ただけで興奮させられる。そして最後は《神々の黄昏》からブリュンヒルデの〈大きな薪を積み上げよ〉。大ソプラノの全貌をまとめて味わえるまたとない時間である。
ドラマティック・バリトンが歌うブラームスの連作歌曲集
4月11日は、3年越しのリベンジが期される。東京春祭でも《タンホイザー》のヴォルフラムで甘い美声と深い情感を両立させ、《神々の黄昏》のグンターではノーブルな歌唱を聴かせたマルクス・アイヒェ。知的な表現を通して情にあふれるドラマを生み出せる、稀有なバリトンである。とりわけ歌詞のニュアンスに気配りが行き届き、光沢のあるやわらかい声にメリハリをつけながら、曲の深部から詩の魂を引き出す。そういう歌手はもちろん、ドイツ・リートも輝かせることができる。
歌うのはブラームス唯一の連作歌曲で、ティークの小説に含まれる15編の詩に曲をつけた「『マゲローネ』によるロマンス」。旅に出たペーター伯がマゲローネと出会って駆け落ちし、離ればなれになって再会するまでが、2人の男女の心情を交えて表現される。アイヒェの甘い声が、詩の表現にも歌手の呼吸にも精通したクリストフ・ベルナーのピアノと一体になり、抒情的な歌の世界にどう生命を吹き込むだろうか。
言葉を尽くすまでもない世界屈指のバスバリトン
今年の掉尾を飾るのが4月16日のブリン・ターフェルである。ウェールズ出身の、この世界屈指のバスバリトンについては、いまさら言葉を尽くすまでもないだろう。2019年の東京春祭《さまよえるオランダ人》のタイトルロールにおける、深く艶やかな声と洗練されたフォームが併存し、さらに強いオーラも加わった歌唱は、いうまでもなく圧倒的だった。そして、オペラで音の理想形を言葉の美しさとともに追い求めるターフェルは、歌曲の名手でもある。
ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスはもちろんのこと、ヴォーン・ウィリアムズらの英語の歌曲、さらにはI.ノヴェロら故郷ウェールズの作曲家の作品に、音楽美とともにたおやかだが深いドラマが迫ってくることが、容易に想像できる。卓越したアナベル・スウェイのピアノとの相性も抜群のはずで、心を大きく揺さぶられるに違いない。
【Information】
■東京春祭 歌曲シリーズ vol.32
エギルス・シリンス(バス・バリトン)&マールティンシュ・ジルベルツ(ピアノ)
2022.4/1(金)19:00 東京文化会館 小ホール
●出演
バス・バリトン:エギルス・シリンス
ピアノ:マールティンシュ・ジルベルツ
●曲目
チャイコフスキー:
祝福あれ、森よ op.47-5
再び、前のように、ただひとり op.73-6
騒がしい舞踏会のなかで op.38-3
ただあこがれを知る者だけが op.6-6
ドン・ファンのセレナード op.38-1
ラフマニノフ:
いや、お願いだ、行かないで op.4-1
夢 op.8-5
昨日私たちは会った op.26-13
ムソルグスキー:《死の歌と踊り》
第1曲 子守歌
第2曲 セレナード
第3曲 トレパーク
第4曲 司令官
エミールス・ダールジンシュ:
その時を、その瞬間を教えて
わたしの幸せ
スペインのロマンス
ヤーゼプス・ヴィートルス:
あの静かな夜を今でも思い出す
聞いて、きれいな目をした少女よ
蘭の夢
アルフレーツ・カルニンシュ:思うに……
シューベルト:
さすらい人の月に寄せる歌 D870
死と乙女 D531
流れ D565
春の小川のほとりで D361
魔王 D328
R. シュトラウス:
献呈 op.10-1
ああ悲しい、不幸なる者よ op.21-4
私はおまえを愛する op.37-2
●料金(税込)
S¥6,500 A¥5,000
U-25¥1,500(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)
■東京春祭 歌曲シリーズ vol.34
リカルダ・メルベート(ソプラノ) &フリードリヒ・ズッケル(ピアノ)
2022.4/10(日)16:00 飛行船シアター(旧上野学園石橋メモリアルホール)
●出演
ソプラノ:リカルダ・メルベート
ピアノ:フリードリヒ・ズッケル※
※当初予定しておりました出演者より変更となりました。
●曲目
モーツァルト:歌劇《魔笛》より「愛の喜びは露と消え」
ワーグナー:
歌劇《ローエングリン》より「エルザの夢」
歌劇《タンホイザー》より「全能なる処女マリア様」
歌劇《さまよえるオランダ人》より「ゼンタのバラード」
楽劇《トリスタンとイゾルデ》より「イゾルデの愛の死」
モーツァルト:歌劇《ドン・ジョヴァンニ》より「私に言わないでください 私の美しいあこがれの人よ」
R. シュトラウス:
歌劇《エジプトのヘレナ》op.75 より「第二の新婚初夜!魅惑的な夜」
歌劇《エレクトラ》op. 58 より「モノローグ」
※当初予定しておりました曲目より変更となりました。
●料金(税込)
S¥6,500 A¥5,000(S・A席は2022.1/30(日)10:00発売)
U-25¥1,500(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)
■東京春祭 歌曲シリーズ vol.28
マルクス・アイヒェ(バリトン)&クリストフ・ベルナー(ピアノ)
2022.4/11(月)19:00 東京文化会館 小ホール
●出演
バリトン:マルクス・アイヒェ
ピアノ:クリストフ・ベルナー
朗読:奥田瑛二
●曲目
ブラームス:ティークの「マゲローネ」によるロマンス op.33
●料金(税込)
S¥6,500 A¥5,000
U-25¥1,500(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)
■東京春祭 歌曲シリーズ vol.35 ※公演中止
ブリン・ターフェル(バス・バリトン)&アナベル・スウェイト(ピアノ)
2022.4/16(土)18:00 東京文化会館 小ホール
●出演
バス・バリトン:ブリン・ターフェル
ピアノ:アナベル・スウェイト
●曲目
シューベルト:
愛の使い D957-1(《白鳥の歌》 より)
タルタルスの群れ D583
万霊節のための連禱 D343
水の上で歌う D774
鳩の便り D965a(《白鳥の歌》 より)
ブラームス:《4つの厳粛な歌》op.121
第1曲 人の子らの運命は
第2曲 私は顔を向けて見た
第3曲 おお死よ、なんとつらいものか
第4曲 たとえ私が人の子の言葉で語ろうとも
ヴォーン・ウィリアムズ:《旅の歌》(抜粋)
第1曲 放浪者
第3曲 道端の火
第7曲 私はいずこにさすらうか
第9曲 私は坂を上って、下りた
G.フィンジ:《花束を運ばせてほしい》op.18
第1曲 来たれ、来たれ、死よ
第2曲 シルヴィアって誰?
第3曲 もはや灼熱の太陽を怖れるな
第4曲 おい、俺のカノジョ
第5曲 恋する若者とその彼女
ベートーヴェン:
グレンコーの虐殺 WoO.152-5(《25のアイルランド民謡》 より)
クルーイドの谷 WoO.155-19(《26のウェールズ民謡》 より)
おお、素晴らしい時だった op.108-3(《25のスコットランド民謡》 より)
※当初予定しておりました曲目より変更となりました。
●料金(税込)
S¥13,000 A¥11,000
U-25¥2,000(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)
【来場チケット販売窓口】
●東京・春・音楽祭オンライン・チケットサービス(web。要会員登録(無料))
https://www.tokyo-harusai.com/ticket_general/
●東京文化会館チケットサービス(電話・窓口)
TEL:03-5685-0650(オペレーター)
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