取材・文:伊藤制子
気鋭のアーティストが描く様々な生物を通して、
多様な化学反応を体感する
神奈川県民ホール小ホールで2021年から始動した「C×C(シー・バイ・シー) 作曲家が作曲家を訪ねる旅」。第2回(2022年1月8日)は、川上統とサン=サーンスという組み合わせで、名作「動物の謝肉祭」に川上の委嘱新作「ビオタの箱庭」が対峙する。現在鋭意作曲中という川上と、演奏会に出演するピアニストの阪田知樹に話を聞いた。
── 川上さんは、今回阪田さんにぜひ、と出演をお願いした経緯があるとのことですが、お互いの演奏、作品の印象について教えてください。
川上:阪田さんが私の「甲殻」から〈オトヒメエビ〉を弾いてくださったのを聴いてとても驚きましたね。阪田さんの演奏はとてもクリアで、響きのつくり方、またいくつかある声部のどこを際立たせるのかといった細部まで、とても鮮明に表現されていたのが印象的でした。
阪田:川上さんは音の扱いなど、他にはなかなか見ないタイプの作曲家だと思います。川上さんの曲には、忙しい部分があったり、急な切り替えがあったりしますが、こういった書法から得られる様々な響きは効果的ですね。
── 今回とりあげるサン=サーンス、そして「動物の謝肉祭」の魅力をどのようにとらえていらっしゃいますか?
川上:自作をサン=サーンスと組み合わせるのは、共同作業のような面もあるかと思いますが、以前はもう少し後の世代のフォーレなどに関心がありました。今回サン=サーンスを見直してみるとまだまだ面白いところがあるなと感じました。「動物の謝肉祭」を聴くと、演奏する喜びというか、作曲者自身の演奏家としての面も伝わってきて興味深いです。
阪田:サン=サーンスは、ピアノを華麗に響かせることに長けた作曲家だと思います。彼はピアニストでもあり、晩年の彼のピアノ演奏の録音を聴くと、高齢だったにもかかわらず、ヴィルトゥオーゾだったことが窺われます。「動物の謝肉祭」の中では、〈水族館〉がとても独創的で、実験精神を感じますね。
── 川上さんの新作「ビオタの箱庭」は様々な動植物がサン=サーンスに対応する形で取り上げられ、「動物の謝肉祭」と同様14曲構成。〈サスライアリの行進〉〈コンドロクラディア・リラ〉など珍しい動物の名前も並んでいます。
川上:新作は、「動物の謝肉祭」と相対するものとして構想しており、自分の好みとは少し異なる選択もしています。たとえば、新作には爬虫類は入れていませんね。サン=サーンスは、旅を重ねて異文化にも関心をもっていたので、今回の新作では多様な地域の生物から選んでいます。
実は阪田も幼い頃から、動物や生物に強い関心を寄せていたという。
阪田:小さい頃、昆虫採集をよくしていました。昆虫図鑑を皮切りに、植物、動物などのいろいろな図鑑もよく読んでいました。蛇にも興味があり、蛇の形や光沢に惹かれましたし、鳥だと鷲とか鷹が好きですね。人間とは異なるフォルムに関心がありますので、鷲などが飛んでいる姿はとても美しいと思います。川上さんの〈ウミサソリ〉を弾かせていただいた時に、それが絶滅した生き物だと知り、生態なども調べていくうちに、響きのイメージが湧いてきました。川上さんの作品は、タイトルからして、好奇心をそそりますね。
── 新作の進行状況について教えてください。
川上:14曲を同時進行で書いており、最初に仕上がったのは、〈シフゾウ〉〈バオバブ〉です。私も阪田さんと同様、生物のフォルムや動き方などに興味があります。「動物の謝肉祭」には引用がありますが、新作に引用があるかは当日のお楽しみということで。〈キヌガサタケ〉はおもしろい形のキノコの名前です。そういえばジョン・ケージがキノコ好きだったことは、いま指摘されて、改めて思い出しました。編成は曲ごとにバラエティに富んだものになる予定です。
── 横浜という街、そして神奈川県民ホールの印象はいかがですか?
阪田:横浜に実家があり、長く住んでいますが、日本各地で演奏会をする中で、新幹線で帰ってくると、横浜が意外と寒いことに最近気がつきました。演奏会は1月なのでぜひ暖かくして、いらしていただきたいですね。県民ホールでは大ホールで神奈川フィルとラフマニノフの《パガニーニの主題による狂詩曲》を弾かせていただきましたが、小ホールは今回が初めてなので本当に楽しみです。山下公園はもちろん、ホール近隣には見所もたくさんありますので、演奏会の前後に界隈の雰囲気も一緒に味わっていただけたらと思います。
川上:逗子出身なので、子どもの頃から、横浜は少し足を伸ばして行ける都会という感じでした。横浜に行くのはわくわくする体験でした。逗子にも海がありますけれども、横浜の海はまた感じが違いますし、横浜は友達を呼びたい素敵な街ですね。
演奏会を楽しみにしているファンに向けては、「新作の『ビオタの箱庭』と『動物の謝肉祭』を一緒に聴ける滅多にない機会ですので、ぜひ楽しんでいただきたいです」(阪田)、「確実に手応えのある作品になると思いますので、素晴らしい演奏とともに、28曲の多様な世界を堪能いただければ嬉しいです」(川上)。
2022年は寅年。年明けのまさに動物づくしのコンサートに期待!
【プロフィール】
川上統(作曲家) KAWAKAMI Osamu, Composer
1979年生まれ。東京生まれ、広島在住。東京音楽大学音楽学部音楽学科作曲専攻卒業、同大学院修了。作曲を湯浅譲二、池辺晋一郎、細川俊夫、久田典子、山本裕之の各氏に師事。2003年第20回現音新人作曲賞受賞。09、12、15年に武生国際音楽祭招待作曲家。18年秋吉台の夏現代音楽セミナーにて作曲講師を務める。楽譜はショット・ミュージック株式会社より出版されている。現在、エリザベト音楽大学専任講師、国立音楽大学非常勤講師。Tokyo Ensemnable Factory musical adviser、Ensemble Contemporary α作曲メンバー。作曲作品は170曲以上にのぼり、曲名は生物の名が多い。チェロやピアノや打楽器を用いた即興も多く行う。
阪田知樹(ピアノ) SAKATA Tomoki, Piano
2021年エリザベート王妃国際音楽コンクール第4位入賞。16年フランツ・リスト国際ピアノコンクール第1位、6つの特別賞。東京藝術大学を経て、ハノーファー音楽演劇大学大学院ソリスト課程に在籍。第14回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールにて弱冠19歳で最年少入賞。ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ、聴衆賞等5つの特別賞、クリーヴランド国際ピアノコンクールにてモーツァルト演奏における特別賞、キッシンジャー国際ピアノオリンピックでは日本人初となる第1位及び聴衆賞。国内はもとより、世界各地20カ国で演奏を重ね、国際音楽祭への出演多数。15年CDデビュー、20年3月、世界初録音を含む意欲的な編曲作品アルバムをリリース。内外でのテレビ・ラジオ等メディア出演も多い。17年横浜文化賞文化・芸術奨励賞受賞。
【Information】
C×C(シー・バイ・シー)作曲家が作曲家を訪ねる旅 Vol.2
川上統 × サン=サーンス
2022.1/8(土)15:00 神奈川県民ホール(小)
※14:30より川上統と沼野雄司によるプレトークを開催。
〈曲目〉
サン=サーンス:組曲「動物の謝肉祭」
川上統:
組曲「ビオタの箱庭」(神奈川県民ホール委嘱作品・初演)
1.サスライアリの行進
2.ジュゴンとマナティー
3.シフゾウ
4.ミツオビアルマジロ
5.バオバブ
6.トビネズミ
7.フラグミペディウム・コーダタム
8.ウォードの箱
9.コトドリ
10.キヌガサタケ
11.コンドロクラディア・リラ
12.ラティメリア
13.ワタリガラス
14.レミングの行進
〈出演〉
阪田知樹(ピアノ)、中野翔太(ピアノ)、尾池亜美(ヴァイオリン)、戸原直(ヴァイオリン)、安達真理(ヴィオラ)、荒井結(チェロ)、内山和重(コントラバス)、多久潤一朗(フルート)、芳賀史徳(クラリネット)、西久保友広(打楽器)、藤井里佳(打楽器)
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■第2弾:石上真由子(ヴァイオリン) INTERVIEW
C×C シー・バイ・シー 作曲家が作曲家を訪ねる旅 Vol.1 公演直前インタビュー
問:チケットかながわ0570-015-415
https://www.kanagawa-arts.or.jp/tc/
https://www.kanagawa-kenminhall.com/cby2021/