C×C シー・バイ・シー 作曲家が作曲家を訪ねる旅 Vol.1 公演直前インタビュー

取材・文:宮本 明

注目の新鋭ヴァイオリニストが日本の現代音楽の古典と新作に向き合う

 神奈川県民ホール小ホールで新たにスタートするコンサート・シリーズ企画「C×C(シー・バイ・シー)作曲家が作曲家を訪ねる旅」。現役の現代作曲家が監修して、新作初演を含む自作と過去の作曲家一人の作品を組み合わせてプログラムするという、ユニークなコンセプトの二人展だ。共感や敬意、影響や対照など、二人の作曲家のさまざまな関係が示されていくことになるはず。11月6日のシリーズ第1弾は「山本裕之×武満徹」。出演者の一人であるヴァイオリンの石上真由子に聞いた。
 近年、飛躍的に活躍の幅を拡げている注目のアーティストだ。

石上真由子(c)Kohán István4

石上:意外となかった企画ですよね。演奏家でなく作曲家の目線で選曲すること自体、フレッシュだと感じます。今回山本さんが武満作品のリハーサルにも立ち会ってくださるのが非常にいいなと思っています。アンサンブルが複雑な現代音楽だと、バランスなど、演奏家同士だけだと判断しづらい点も多いですから。作曲家と演奏家とでは視点や聴き方が違うし、少し離れたところから指摘してくださるのはうれしいです。

 この企画では、ホスト役の現役作曲家に対して、訪ねる相手をアニヴァーサリー・イヤーの作曲家の中から指定するのがルール。今回山本裕之が訪ねる武満徹は1996年没。没後25年というわけだ。91年生まれの石上にしてみれば、物心のついた頃にはすでに逝去していた、文字どおり過去の作曲家ということになる。

カトレーンII〜武満作品の魅力を再発見

石上:現代日本の作曲家として一番最初に名前が出るような大作曲家ですが、じつはあまり弾いたことがありませんでした。もうちょっとポップな「3つの映画音楽」(弦楽合奏/1995)や初期の「弦楽のためのレクイエム」(1957)を弾いたことがあるぐらいで…。正直に言うとオーケストラ作品を聴いてもあまり共感できなかったところもあって、どちらかというと三善晃さんや矢代秋雄さんの作品のほうが好きでした。でも今回弾いてみて、聴くよりも弾いているほうが楽しいと感じました。聴く人のツボを心得て狙っている感じがあまり好きになれなかったのですが、自分で弾くと、音楽を掘り下げる上でこだわりたくなるポイントにもリンクしてくるような気がします。

 プログラムには山本作品と武満作品が4曲ずつ。そのうち彼女が弾く武満作品は「カトレーンII」(1977)。75年に作曲したクラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノとオーケストラのための協奏的作品「カトレーン」を、同じ4つの独奏楽器だけで再構成した室内楽作品だ。「4」という数字はポイントで、「カトレーン=quatrain」は四行詩、四行連のこと。この特殊な編成は、初演者であるピーター・ゼルキンら「アンサンブル・タッシ」の編成であり、ということはつまり、タッシ結成の直接の目的だった、オリヴィエ・メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」(1940)と同じ編成。第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となったメシアンが、収容所に居合わせた4人の音楽家で演奏するために作曲した作品だ。メシアン自身による同曲の楽曲分析のレクチャーを受けた武満が、この20世紀の巨人へのオマージュとして作曲したのが「カトレーン」だった。メシアン作品からの主題の引用や模倣も指摘されている。石上は今年の8月に、現代音楽を中心に活動している京都のアンサンブル九条山で「世の終わりのための四重奏曲」を演奏したばかり。

石上:同じ編成ということもあり、ぜひ演奏してみたいなと、気になっていた作品でした。今日がまだ2回目のリハーサルだったので、確信を持てるところまでは行っていないのですが、メシアンからインスピレーションを受けたのだろうなと感じる部分はいくつかありますし、曲の中のロマンティシズムとか、音楽的な要素が見えてくると、多くの人が武満作品を好きになる理由も、よりわかる気がします。

武満徹 Photo:Schott Music Co. Ltd., Tokyo

山本裕之の「輪郭主義」の世界に初めて踏み込む

 “主役”の山本裕之(1967〜)の作品のほうは、「輪郭主義IV」(2013)と「紐育(ニューヨーク)舞曲」(2016)の2作品を石上が弾く。山本の作品を弾くのは初めてだ。

石上:抽象的な言い方になってしまいますが、「輪郭主義IV」を弾いていると、すごく境界の曖昧な球体をなでているような感覚になります(笑)。ぎりぎりのところまで近づいているはずなのに触れない球体。それを触ろうとするような感じです。

 「輪郭主義」は現時点で全8曲あるシリーズ作品。四分音がぶつかることによって生じるゆがみにフォーカスした作品群で、作品名とは裏腹に、輪郭のはっきりしない音楽とも言える。「IV」はフルート、ヴァイオリンとピアノのための作品。

石上:ヴァイオリンはスコルダトゥーラ(特殊調弦)で四分の一音ずらして調弦しています。フルートも同じで、ピアノは通常の調律です。でも最初にヴァイオリンとフルートが出て、あとからピアノが入ってくると、ピアノの音の方がゆがんで聴こえるのが不思議です。なぜそう感じてしまうのか、山本さんも解明できていないのだとおっしゃっていました。ヴァイオリンが弾くのは、開放弦と、倍音を鳴らすフラジオレットがほとんど。左手で押さえると、たぶん日頃の習性で通常の音高に寄せてしまうので、うまく書かれているんだなあと思います。

山本裕之 

微分音の快感、日本人ならではの心地よさ

 幼い頃から“正確に”音を合わせる訓練をしてきたヴァイオリニストにとって、微分音でぶつかる感覚というのは、さぞ居心地が悪いのだろうと思いきや…。

石上:それが意外とそうでもなくて、むしろ痒いところに手が届いているような感じがしています。ここぞというところでうまくぶつかっていたりとか、半音や全音では出せない、絶妙に近くて遠い乖離みたいなものが、ある種の快感をくすぐると思います(笑)。たとえば雅楽の響きを思い出す瞬間もあって、日本で生まれて育った人には何かしらの心地よさがある気がします。

 なるほど。考えてみれば世界中で、民俗音楽に微分音程を含む旋律があることはまったく珍しくないのだから、平均律の合理性に慣らされてしまった自分の耳のほうこそを疑うべきなのかもしれない。

 一方の「紐育舞曲」は、山本の“舞曲シリーズ”の一曲。声部を考えずに音を書いたあとで、それを変則的な編成の五重奏にパズルのように割り分けていくという独特の手法で書かれている作品群だ(音符があちこちに“舞う”ということだろうか?)。山本は、そうすることで“歌いにくい線”を意識的に取り入れることになるのだと述べている。「紐育舞曲」はヴァイオリン、ピッコロ、バス・クラリネット、フリューゲルホルンとピアノという五重奏。

石上:ある種、幾何学的。跳躍が激しかったりして、弾くほうは大変です。でも必ずハマるように書かれています。リハーサルが明日からなので、まだ全体がはっきりとは見えていないのですけど…。

 そういう仕掛けの作品だけに、全パートを見わたせる総譜を見て弾くか、情報が限定されたパート譜を見て弾くかは慎重に見極める必要がありそうだという。

石上真由子(c)2021 HKM Enterprise Co.,Ltd

現代音楽には多様な感性にハマるレセプターがあると思う

 岩瀬龍太(クラリネット)、山澤慧(チェロ)、大瀧拓哉(ピアノ)ら、共演者も腕きき揃い。

石上:現代曲の場合は、その場を把握する瞬発力が大事です。ソルフェージュ的な瞬発力とか、音色の感覚とテクニックをリンクさせる速さとか。同じ作曲家でも曲によって使う特殊能力が違うと思うので、状況に応じてどの能力を使うのかを把握する力は非常に必要です。今回は皆さん勘が鋭いというか、そういう能力がずば抜けて高い人ばかりです。

 曲目は上述の他に、武満の「雨の呪文」(フルート、クラリネット、ハープ、ピアノ、ヴィブラフォン/1982)、 「スタンザII」(ハープ、テープ/1971)、 「サクリファイス」(アルト・フルート、リュート、ヴィブラフォン/1962)、山本の「輪郭主義II」(事前録音されたヴィブラフォン、ピアノ/2010、18改)、そして今回神奈川県民ホールが委嘱した初演作品 「横浜舞曲」(クラリネット、ハープ、ヴィブラフォン、ギター、チェロ)。

 石上は、「演奏者としては、古典音楽でも現代音楽でも、音楽と向き合う姿勢に変わりはないけれど、聴き手にとって現代音楽は案外受け入れやすいジャンルなのではないか」と話す。

石上:聴衆の絶対数が多いポピュラー音楽に、一番近いところにあるのが、意外と現代曲ではないかと思っています。この時代に生きているからこそ持っている快感のツボみたいなものに、いい具合に触れてくる作品が多い。多様性が大事にされる今の時代、いろんな個性を持っている人にハマるレセプターが多いのではないかと思います。ロマン派の音楽のようなきれいなデコレーションばかりでなく、イコライズしたら消されてしまうような、雑味や雑音だとかもあって、どこかしら聴き手が共鳴するポイントを見つけられると思うんです。だからぜひ、まっさらな気持ちで聴きに来ていただけたらと思います。

 たしかに。難しく考えすぎずに現代音楽に向かい合ってもいいのだろうと思う。現代音楽はかっこいい!のだ。

【information】
C×C(シー・バイ・シー)作曲家が作曲家を訪ねる旅

◆Vol.1〈山本裕之×武満徹(没後25年)〉
2021.11/6(土)15:00 神奈川県民ホール(小)
※14:30より山本裕之と沼野雄司(音楽学者)によるプレトークを開催。

〈曲目〉
山本裕之

紐育舞曲(ヴァイオリン、ピッコロ、バス・クラリネット、フリューゲルホルンとピアノのための)
輪郭主義II(事前録音されたヴィブラフォンとピアノのための)
輪郭主義IV(フルート、ヴァイオリンとピアノのための)
横浜舞曲(神奈川県民ホール委嘱作品・初演)(クラリネット、ハープ、ヴィブラフォン、ギターとチェロのための)
武満徹
雨の呪文(フルート、クラリネット、ハープ、ピアノとヴィブラフォンのための)
スタンザII(ハープとテープのための)
サクリファイス(アルト・フルート、リュートとヴィブラフォンのための)
カトレーンⅡ(クラリネット、ヴァイオリン、チェロとピアノのための)

〈出演〉
石上真由子(ヴァイオリン)、山澤慧(チェロ)、丁仁愛(フルート)、岩瀬龍太(クラリネット)、佐藤秀徳(フリューゲルホルン)、高野麗音(ハープ)、大場章裕(打楽器)、土橋庸人(リュート&ギター)、中村和枝(ピアノ)、大瀧拓哉(ピアノ)、有馬純寿(エレクトロニクス)

◆Vol.2〈川上統×サン=サーンス(没後100年)〉
2022.1/8(土)15:00 神奈川県民ホール(小)

※14:30より川上統と沼野雄司によるプレトークを開催。

〈曲目〉
サン=サーンス:組曲「動物の謝肉祭」
川上統:組曲「ビオタの箱庭」(神奈川県民ホール委嘱作品・初演)

〈出演〉
阪田知樹(ピアノ)、中野翔太(ピアノ)、尾池亜美(ヴァイオリン)、戸原直(ヴァイオリン)、安達真理(ヴィオラ)、荒井結(チェロ)、内山和重(コントラバス)、多久潤一朗(フルート)、芳賀史徳(クラリネット)、西久保友広(打楽器)、藤井里佳(打楽器)

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問:チケットかながわ0570-015-415
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