荒巻友利恵 (オーボエ) from スタヴァンゲル(ノルウェー)
海の向こうの音楽家 vol.10

ぶらあぼONLINE新コーナー:海の向こうの音楽家
テレビなどで海外オケのコンサートを見ていると「あれ、このひと日本人かな?」と思うことがよくありますよね。国内ではあまり名前を知られていなくとも、海外を拠点に活動する音楽家はたくさんいます。勝手が違う異国の地で、生活に不自由を感じることもたくさんあるはず。でもすベては芸術のため。このコーナーでは、そんな海外で暮らし、活動に打ち込む芸術家のリアルをご紹介していきます。
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 今回、ご登場いただくのはスタヴァンゲル交響楽団の首席オーボエ奏者を務める荒巻友利恵さん。このコーナーの第一回に登場してもらったドイツ・シュトゥットガルトのSWR交響楽団で活躍している幣隆太朗さん(コントラバス)の紹介です。息を飲むような素晴らしい景色、そして清潔感あふれる美しいホール。本当に絵葉書のような世界で羨ましい限りですね。なかなか垣間見ることができない北欧の音楽家の生活、貴重なお便りからお楽しみください。

文・写真提供:荒巻友利恵

 私がノルウェーに住んでいる、と言って友人・知人からまず返ってくるのは「えー?!寒そう!!大丈夫?」といった反応だ。しかしそれが意外と快適なのです。

 私が住んでいるのはスタヴァンゲルというノルウェーの南西、北海沿岸に位置する港町。一年を通して雨の日は多いが、冬でも氷点下になることはあまりなく、夏は眩しい日差しにカラッとした空気が広がりとても気持ちが良い。車で30分ほど走れば、雄大な自然、フィヨルドが広がっている。

 約7年のドイツ生活を経て、2019年からここスタヴァンゲルに住んでいる。なぜノルウェーに来たのかと言われると一言では答えられないが、ドイツにいた頃からオーケストラ奏者として常にもっと面白そうな職場に行きたいと思っていたし、特にドイツに固執せず新しい環境に飛び込むことにあまり躊躇しない私にとっては、とても自然な選択でした。そんなこんなでスタヴァンゲル交響楽団の首席オーボエ奏者として働き始めて2年半が経ちました。

 今回はあまり日本では紹介されないノルウェーのオーケストラの雰囲気やノルウェーでの生活についてレポートします。

 ノルウェーといえば石油・福祉国家というイメージをお持ちでしょうか?(あとサーモン?)まさにその恩恵を実感できるのが、我々が拠点としているスタヴァンゲル・コンサートホールです。もともと「石油の街」として知られるスタヴァンゲルですが、このホールは自治体・ローガランド州・ノルウェー政府・民間スポンサーによって、12億2,500万ノルウェークローネの費用で2012年に建てられました。(当時のレートでいくらだろう?!)

 ホール内は全体的に美しい木の造りで素晴らしい音響です。建物内には24時間使える練習室、楽器ごとの専用ルーム、団員・職員のための食堂、コンサート後打ち上げができるバーカウンター、トレーニングジム、更衣室にはシャワー、そしてサウナまであります! ちなみにヴィオラの同僚はコンサート前、毎回サウナでひと汗かいているらしい(笑)

コンサートホール内観 Photo:Kahle Acoustics
コンサートホールのホワイエ

 労働時間も平日は10時から14時までのリハーサル、基本的に金曜から日曜の週末はお休み、クリスマスから年始まで休暇、もちろん夏休みも一ヶ月以上ある。とにかく時間がたっぷりあるので、みんな家族と過ごしたり、自分の勉強に時間を使ったり、生活の質を保つにはとても恵まれた環境だ。

 このような労働環境と国民性もあってか、オーケストラの雰囲気はとても和やかです。個々がのびのびと演奏し、リハーサル中も笑顔が絶えません。ノルウェー人は基本的にシャイな人が多い印象ですが、同僚は朗らかで個性的な人ばかり。

オーボエグループの部屋

 ここでノルウェーあるある!
ノルウェー人は週末に酔っ払うのが大好き!普段静かな街も土曜日の夜には急に酔っ払いで溢れます。お酒の値段が高いので、まず家で飲んでから外に出て酔っ払う。

ハロウィンの日のバーカウンター

 またノルウェーの教育の基本として「ポジティブな点に注目する」「褒めて伸ばす」「全員が平等に心地よくあるべき」というような点が挙げられると思います。特に若い世代のノルウェー人を見ていると、自信に溢れ堂々としている姿に感心します。

 そのようなポジティブな雰囲気がこのオーケストラにある反面、目の前にある問題やセンシティブな事にあまり触れない、あまり解決しようとしない、というような風潮があるように感じました。特に物事をハッキリと言う文化があるドイツで働いていた私にとっては、初めはモヤモヤする場面が多々ありました。

 私が担当しているプリンシパル・オーボエは木管楽器を率い、たまにはオーケストラ全体をも率いるような音楽的な役割があります。ステージ上でのコミュニケーションはとても重要です。音程やフレージング、様々な事について意見を交換し合致点を見つけていきます。私はステージ上でのオープンな会話がもっと必要であると信じて、意識的に会話を増やしていきました。2年経った今ではそれぞれの奏者が意見を言う機会が増え、事実パフォーマンスもぐっと良くなりました。

 もう一つこのオーケストラは「民主的である」という特色があります。毎回のコンサートの後に、その週の指揮者に対するフィードバックを送信するデジタルフォームが全団員に送られてきます。1から6点で評価し、その指揮者にまた来てもらいたいか、そうでないかも返答します。シビア!

 また通年のシーズンでどのような曲を演奏するかを決める「プログラム委員会」も団員を中心に構成されています。ご紹介したのはごく一部ですが、このように個々の声が反映されるようなシステムが構築されているのは素晴らしいことです。

冬のコンサートホール外観
休みの日には同僚とピクニックへ。スタヴァンゲルの街を一望できます。

 さて、ここで我々の敏腕アーティストプランニングマネージャー、Marisを紹介したいと思います。彼が3〜4年前にスタヴァンゲル交響楽団に来てから、世界的な指揮者やソリストを呼べるようになり、一気に国際的に発信できるようになった。ヨーロッパの中心に位置するドイツやフランスとは違い、スケジュールの忙しいアーティストを確保するのはとても難しい。それにも関わらず、コロナ禍においても北欧にたまたま滞在していた、普段ならブッキングできないであろう多忙な指揮者たち、James Gaffigan氏、Pablo Heras-Casado氏らを連れてきてくれた。Marisのおかげで日々団員のモチベーションも上がります。

マリスのオフィスにて(彼はもともとピアニストで、タイピングのスピードがめちゃくちゃ早い!!)

 ここ最近のプロジェクトで一番嬉しかったのは、指揮者の山田和樹さんが来てくれたこと!!コロナ禍でずっと延期されていましたが、やっと実現しました。

 プログラムはカール・ニールセンの序曲「ヘリオス」、エサ゠ペッカ・サロネンのチェロ協奏曲を世界的なソリストNicolas Altstaedt氏と、そしてジャン・シベリウスの交響曲2番。私にとって日本人指揮者の方と演奏するのはこれが初めてで、しかもそれが世界の山田和樹さんということで、ずっと楽しみにしていた公演です。リハーサルではマエストロの端的な言葉と明確なジェスチャーで、音の色彩感や表現が見る見ると変わっていき、まるで魔法のようでした。

 とりわけ面白かったのは、シベリウスの第3楽章オーボエ・ソロについて言われたこと。コンサート前日のリハーサルの後、既に自分なりにどう吹くかある程度決めていたところ、

山田さん「すごい良かったけど…明日は違うのが聴きたいなぁ。あと1回目と2回目は違う方がいいよね〜。」(このソロでは楽章中に2回同じメロディーを吹く)
「そうですね〜。明日までにプランしておきます!」
山田さん「あ〜!ノン、ノン、ノン!プランしちゃダメ。」
「えっ。。。」

 このメロディーはこう吹くべき、譜面にこう書かれているから、などということに縛られずに、「音楽は生き物である」ということを痛感させられる一言だった。

 当日は山田さんの圧倒的にポジティブなエネルギーに包まれ、オーケストラ全体が音楽を楽しみ、その感覚が観客へも伝わり素晴らしいコンサートとなりました! また普段は音楽家の方と母国語で話す機会が滅多にない私にとって、山田さんがしてくださったお話、会話の一つひとつが本当に大切で幸せな時間でした。

コンサート後にマエストロと

 今シーズンから新しい首席指揮者にAndris Poga氏を迎えて、スタヴァンゲル交響楽団は新しいスタートを切りました。もともと伸びやかで柔軟性のある演奏をするオーケストラとアンドリスの重厚かつ緻密な音楽性が融合して、良い化学反応が起きています。日本からは遠く離れたここスタヴァンゲルで、素晴らしい音楽家であるとともに家族のように信頼できる同僚達に恵まれ、これからこのメンバーでどんな物語を創っていけるのだろうとワクワクしています。

 私個人としては、来年で日本を離れて10年目になります。絶対にヨーロッパへ行って西洋音楽について自分の目で・耳で確かめたい、確かめなきゃいけないという強い思いに駆られていたことをハッキリと覚えている。まだまだ知らない事・わからない事は沢山あるけれど、これまでに自分が海外で学んだ事や培った経験を日本の若い世代の方々に伝えていけるような活動をしていきたいと考えています。特にパンデミックで多くの国境が閉ざされた今、海外で勉強したくてもできない学生さんは立ち止まらずに希望を持って欲しい。何か力になれるように私も精進し、そして今後はもっと海を越えて日本で表現する機会をつくっていきます。

先日のオスロ公演より(C)Oslo-Filharmonien/David Sitkin Røsler

荒巻友利恵(オーボエ)Yurie Aramaki
スタヴァンゲル交響楽団首席オーボエ奏者。
千葉県出身。幼少よりバイオリンとピアノを、12歳よりオーボエを始める。
武蔵野音楽大学ヴィルトゥオーゾ学科卒業。卒業時に皇居・桃華楽堂演奏会に出演。
2012年にドイツへ渡りマンハイム国立音楽舞台芸術大学へ入学、修士課程卒業。在学中にラインネッカー(Rhein-Neckar)オーケストラアカデミー、SWRシュトゥットガルト放送交響楽団研修生として研鑽を積む。
2017年よりプフォルツハイム歌劇場バーディッシェフィルハーモニーの首席オーボエ奏者、2019年より現職スタヴァンゲル交響楽団の首席オーボエ奏者に就任。
これまでにマンハイム国立歌劇場オーケストラ、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団、またソロオーボエ奏者としてデュイスブルク・フィルハーモニー管弦楽団、オスロフィルハーモニー管弦楽団、ベルゲンフィルハーモニー管弦楽団、トロンハイム交響楽団などに客演。
2013年アジア・ダブルリード協会国際オーボエコンクールにて3位、2015年ジュゼッペ・フェルレンディス国際コンクールにて(1位なし)2位受賞、2017年IDRS国際オーボエコンクール・ファイナリスト。
オーボエを眞山美保、青山聖樹、インゴ・ゴリツキ、エマヌエル・アビュール各氏に師事。
ノルウェーダブルリード音楽祭などでマスタークラスを開催。来年度よりスタヴァンゲル大学音楽学部講師就任予定。
Instagram @oboamaki