高坂はる香のワルシャワ現地レポート♪18♪
審査員INTERVIEW 海老彰子

Akiko Ebi ©Akira Muto

取材・文:高坂はる香
(コンクール終了直後にワルシャワで行なったインタビューです)

── 長い審査、おつかれさまでした。最後まで本当に時間がかかりましたね。

 最終結果を出すにあたって、同点が多い形になり、時間がかかりました。本選の審査では、各審査員がコンテスタントに順位をつけて提出しますが、集計した数字の差が0.0いくつだったので、2位を3人にしようかという話も出ました。結局はそのあと再投票し、一人ひとりについてまた投票するということで、時間がすごくかかりました。

── 優勝についての意見は一致していたのですか?

 そうでもないんですね。みんながみんな同じ意見だったわけでではない、ということだけお伝えできると思います。
 17人の審査員の中、ハラシェヴィチさんは最初の投票をされたあと、すぐにホテルにお帰りになられたので、そのあと我々16人が体験した長い投票には関わっていらっしゃいません。人数が偶数になったので、そのあとの順位決めも、8人ずつで拮抗してしまうことが何度もありました。

── 優勝したブルースさんの演奏の印象はいかがでしょうか。

 とても才能がおありですので、これからどんどん伸びていかれると思います。速いパッセージなど見事に弾かれますし、「お手をどうぞ変奏曲」など、歴史的といえるすばらしい演奏をなさいました。ショパンのスタイルがどうかと考えた場合、少し首をかしげるところはあるかもしれませんが…それは他の上位入賞者であるガジェヴさん、ガルシアさんにもそういうところはあとは思いますけれど…いずれにしても大変な才能を持っていらっしゃるので、優勝者に選ばれました。

── コンクール前、海老先生はじめ何人かの審査員の先生方にお話を伺ったとき、やはりショパンコンクールではショパンらしい演奏が求められると伺い、お話を聴くうちになんとなく自分の中でイメージを持っていたのですが、結果が出たところで、「あ、こういう感じだったの?」と思ったのが正直な感想なのですが…。

 そうですよね。ルービンシュタイン、コルトー、フリードマンなど歴史的なたくさんの演奏のことも考えますよね。
 このインターネットの時代になって、若い方々の感性もどんどん変わってきているのでしょう。でもそれは、彼らの生きたショパンです。これから人生が進んでいくにしたがって、彼らの中でも、またショパンに対しての理解がそれぞれに深まっていくのではないかと思います。今は、それぞれがショパンを勉強するスタート台に立った、ということだと思います。

── 時代が変わって…。

 そう、これからどんどん変わっていきますよ。人間がモーターをつけて空を飛べるような時代ですものね。ショパンの時代とは違います。

── では、ショパンに人々が求める演奏も変わってくるのでしょうか。

 感性が変わってくる可能性と恐れはたくさんあると思います。でも、古典、クラシックの音楽というのは、時を経てもいいものが残るものですよね。これからの若い世代の方々にも、クラシックの本当に良いものとはなにかということを、頭の中に一つ残しておきながら、進んで行っていただけたらと思います。

── 日本人入賞者の反田恭平さんと小林愛実さんの印象はいかがでしたか?

 このお二人に限らず、日本の方々のレベルがすごく上がりました。それはご本人のご努力、ご家族、先生方、それから外国から来て教えてくださる方、あるいは留学先の先生方の教育がだんだん実ってきているからだろうと思います。6年前にこちらで審査をさせていただいたときとは明瞭に変わっていますから、将来がより楽しみです。
 私個人としては、本選進出者として日本人を3人選んでいます。これは、日本人だから入れたということではなく、本当に伸びてきていると感じた結果がそうなったということです。

 反田恭平さんは、彼の4回の演奏の中でも、とびぬけて協奏曲がすばらしかったと思います。自信を持ってオーケストラを引っ張っていらして、さすがだと思いました。彼のピアノ以外での才能、いろいろオーガナイズしてやっていかれる能力も考えると、貴重な人物だと思います。

 小林愛実さんも、6年前に演奏されていたときよりすごくインパクトが強かったですね、ご自分の演奏を深め、研究していらしたことが、音を通して手に取るように聞こえてきました。

 ただ、それぞれにこれからやっていくべき部分、残っている可能性もたくさんあると思います。これはどなたに対しても言えることですけれど。

 あとは、角野隼斗さんもとっても良かったと思います。反田さんが通るならば角野さんもファイナルに残ってよかった、という審査員の声は聞こえてきました。でもこれも、多数決で決まることです。あとは古海さんも感受性豊かな方で、これからますます伸びていかれると思いました。

 今お名前を挙げた方々については、私よりも他の審査員の先生に、何年も前から知っているとか指導されているという方が多いようで、よくご存知のようでしたね。

── 反田さんと角野さんは、音楽的な印象はだいぶ違いますけれど、そこは、反田さんと角野さんのお名前が並んで出る感じだったのですね。

 そうそう、私の個人的な印象としては、反田さんは2次と本選が良かった。角野さんは1次と3次が良かったと思いました。

── 同じ方でも波があって、それを審査していったということですね。そして最終結果はトータルで判断するという。

 そう、だから本来絶対できないことをやろうとしているわけですよ。

── ガルシア・ガルシアさんも、個性的で面白いピアニストで、ファンがたくさんついていました。印象はいかがでしょう。

 私は好きですね。純粋に音楽をする喜びにあふれていて、なかなか得難い才能だと思います。

── そして浜松組からは、ガジェヴさんが第2位に入りました。

 彼はすごく才能があると思います。ショパン弾きかどうかはまだこれからだと思いますけれども、でも、彼については演奏家の審査員の先生方が、すごいものを持っているね!とおっしゃっていました。ダントツのようなところがあります。

── どのようなところが飛び抜けているのでしょう?

 たとえば今、ワルシャワは秋で色づいてますよね。同じ木でも、葉っぱには一つひとつ、いろいろな色があります。そんなニュアンスを表現する力を、彼は持っているんです。

 あとは独創性があります。自分の頭で考えていて、先生に教えてもらってやっていることではないということがよくわかります。大人ですね。

── 入賞者のみなさんには、これからどう歩んでほしいでしょうか。

 今の時代、少し周りを見渡すと、政治をはじめ世界にいろいろな問題があります。そんな中でも、ショパンの音楽を中心としたイベントにこれだけの人が世界から集まってくるというのは、やはりすごいことです。
 そういうことを認識しながら、今、自分たちがどこに生きているのか、音楽を通して何を表現したいのかを考え続けてほしい。そのためには、若い時から目を開き、本を読み、外を見ていく必要があるのではないかと思います。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/