高坂はる香のワルシャワ現地レポート♪20♪
審査員INTERVIEW ピオトル・パレチニ

Piotr Paleczny

取材・文:高坂はる香
(コンクール終了直後にワルシャワで行なったインタビューです)

── 結果について、どうお感じですか?

 恭平が入賞したことを思えば、もちろんあなたが想像するとおり、うれしいですよ。
 1位のブルースは、そうなるだろうと思っていました。とても魅力的なピアニストで、聴衆も彼を好きですし、良いピアニストだと思います。彼のショパンは少し変わっていて、フレッシュというか、コンテンポラリーな方向のような気もしますけれど。
 本来ショパンには、目新しい小道具もトリックも要りませんが、聴衆はそういうものを好みがちです。ショパンが常にスケルツァンドであるはずはありませんけれど。
 どんなコンクールでも、審査員を務めることになれば、その決断は受け入れなくてはいけません。たとえ自分の個人的な意見と少し違ったとしても。

── ショパンの演奏に、新しい流れが来たのでしょうか?

 そういう面もあるかもしれません。今のピアニストたちは、24時間いつでも最高峰のピアニストの録音を聴くことができますから、50年前とは世界が違います。あらゆる演奏のやり方が見えるので、ピアニストの間に秘密がありません。それが若い人の美意識に影響を与え、芸術的な個性に変化をもたらしていることは確かでしょう。

 今回の入賞者はみんな個性が異なりました。それについて誰かが「今回の審査員は現代が求めるショパンのスタイルについて明確なイメージを持っていない」と言っているのを耳にしました。しかし私としては、それは「審査員がさまざまな美意識にオープンだった」というほうが正しいと思います。もちろん、ショパンに反していない限りでね。
 もしかしたらそれで、いつも泣いているわけではない新鮮なショパンも認められたのかもしれません。ちょっと窓を開けてフレッシュな空気を入れたのかもしれません。ちょっとだけね。

──ブルース・リウさん、反田恭平さん、マルティン・ガルシア・ガルシアさんは、どちらかというと幸せな音楽でしたよね。時代や社会がそういう音楽を求めているのかなと思ったのですが。

 まさにその通りだと思いますよ。でもショパンのスタイルは、レッジェーロであって、マルカート、フォルティシモではありません。
 ショパンの音楽における主な要素は、レガート・カンタービレです。p からゆっくりとしたレガートで歌う、でも、音が今の感覚の f 以上になったときには、もう歌っているとはいえません。ショパンには ff のリミットがあったということを考えなくてはいけません。ショパンは、今のモンスターのようなピアノを見たことはなかったのですから。
 たとえば、ショパンの楽譜に fff が書かれていたとき、これを小さなプレイエルやエラールのピアノで弾いた場合、どんな音だったか想像しなくてはいけません。fff が今の私たちの f だとすれば、現代のピアノでエネルギーを全部かけて弾く音は、うるさすぎると言えるでしょう。

 一部の若いピアニストは、大きく速く弾くことが豊かな表現だと思っているようですが、それは私に言わせれば、ただの空っぽの音楽です。本当に豊かな表現とは、適切なデュナーミクとテンポを持っている。ただそれは、表現するものがある結果、そうなるということも忘れてはなりません。その逆…つまり適切なデュナーミクやテンポを守った結果、表現が生まれるわけではない。そして、表現の源はイマジネーションにあります。芸術的なセンスや美学に基づく、イマジネーション。私たちは、自分たちの美学を表現するために、指を動かしているのです。

 それから、レガートについて言えば、ペダルの問題があります。明らかに指でレガートが表現できていないのに、なんとかそう聞こえるようにペダルを踏んでいる。それはレガートっぽいけれど、別物です。まずはレガートをペダルなしで演奏する方法を勉強しないといけません。ペダルを使うのはそれからです。
 ショパンが若かった頃、ペダル機構はまだ新しいものでした。18世紀まで、ペダルは今のような機能を持っていませんでしたから。ショパンはそういう、古典からロマン派という、美学や技術的な可能性が大きく飛躍した時代を生きた人です。そこを忘れてはいけません。

── 反田さんの演奏は、どのようなところが評価されたのでしょうか。

 恭平は、本大会から入賞者コンサートまで安定していた。これは何かを意味していると思います。

── 反田さんのショパン、3年くらい前と比べるとすごく変わりましたよね。

 もう本当に。このコンクール中も変わっていたと思います。
 彼はファイナリストの中で唯一、1次から最後まで発展していったピアニストだったと思います。1次は緊張していたようだったので、まずこれを切り抜けてくれて嬉しかったです。2次は良かったですね、特にポロネーズが。演奏のあと、ツィメルマンやブレハッチ、ブーニン、レヴィットが、彼のポロネーズが良かったとメッセージをくれました。

 あと、小林愛実さんも良かったですね。とても特別で個性的なスタイルを持っていて、確信が感じられる。聴衆のために自分の音楽を変えるということをしません。大きな拍手を得るために、安っぽい小道具を使って聴衆にアピールするケース、よくあるでしょう。でも彼女は、そういうことをしません。もっと上の順位で良かったと思います。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/