世界的ピアニスト3人が来日!!

ピアニズムの復権
〜キーシン、ブレハッチ、ツィメルマンのステージが実現


 秋になった。ピアノ好きにとっては、素晴らしい季節になりそうだ。

 これまでが夢のように思えるほど大陸が遠ざかってみえたところへきて、10月から11月にかけては、個性煌めくピアニストの訪日が続々と計画されている。

 本号が出る頃に佳境に入るワルシャワのショパン国際ピアノコンクールと縁が深いところでは、ポーランドの誇る覇者たるラファウ・ブレハッチとクリスチャン・ツィメルマンがやってくる。堂々と自身の道を歩むエフゲニー・キーシンも来日する。

 各世代を代表する3人の名手だが、ツィメルマンが来日中に65歳を迎え、キーシンはちょうど50歳、ブレハッチが36歳と、成熟から大成に向けてそれぞれ重要な年代を生きている。日本の聴衆にとっては、特別に馴染み深いピアニストだけに、再会の喜びも大きいだろう。

エフゲニー・キーシン (c)Sheila Rock

 モスクワ生まれのエフゲニー・キーシンは、10歳でデビューしてから、つねに世界の檜舞台に立ち続けてきた。初来日は15歳、35年前の出来事だが、資本主義国へ音楽少年を送り出すのにソヴィエト当局が難色を示したということも、時代の証言として伝えられる。

 キーシンの音楽は、青少年時代からそう大きく変貌しているようには思えない。むしろ同様の構えを保ちながら、諸作を正面からみつめてきた。もともと、国際コンクールの訴求力によらず、音楽家たちに愛されるように登場した少年である。グネーシン音楽学校以来の恩師アンナ・パヴロヴナ・カントールが唯一のピアノの師だった。この夏、98歳で亡くなった女史に、この日本ツアーを捧げるとキーシンは述べている。バッハから、モーツァルトとベートーヴェンの後期作、そしてマズルカを主とするショパンで、そのプログラム本篇は結ばれる。オーソドックスな曲目のなかにも、さまざまな思い出が詰まっているのかもしれない。

ラファウ・ブレハッチ (c)Marco Borggreve

 ラファウ・ブレハッチは2005年のショパン・コンクールで優勝して世界に飛翔したが、その2年前には浜松国際ピアノコンクールで最高位に入賞し、日本の聴衆には馴染み深い存在だった。それからもう十数年、時代に急かされることなく、しっかりしたまなざしで自身の音楽を着実に成熟させてきた。ショパンの演奏においても、古典派の美学を抽き出して純度の高い構築をていねいに導くブレハッチが、バッハやベートーヴェンに適性を示すのは自然なことだろう。

 この秋のプログラムは前半をハ短調、後半をロ短調でまとめた知性的な構成。バッハのパルティータから、ベートーヴェン初期のソナタと変奏曲までがハ短調、そこから半音下がりロ短調をとってフランクの「前奏曲、フーガと変奏曲」をめぐって、ショパンのソナタ第3番へと向かう。調性を集中して絞り込むことで、さらに奥深い多様性と個性を明かすように、彼らしい熟慮を聴かせるのだろう。

クリスチャン・ツィメルマン(c)Bartek Barczyk

 クリスチャン・ツィメルマンはまず、バッハの変ロ長調とハ短調の2つのパルティータを弾く。原点回帰の趣もあるのではないか。その先には、ブラームス後期の「3つの間奏曲」op.117で、対位法的書法の精緻な深まりを聴かせる。精妙な音響設計のもと、見通しよく精緻な造型で、透過光のように声部の絡まりを描き出すはずだ。近年の実演でのベートーヴェンやシューベルトの後期ソナタ、ブラームスの四重奏曲への集中した取り組み、昨冬のラトル指揮ロンドン交響楽団とのベートーヴェンの協奏曲全集録音の成果も踏まえ、いよいよドイツ音楽への探求を深めるツィメルマンの最新の進境が明かされる。

 ブラームスの変ホ長調、変ロ短調、嬰ハ短調の3つの間奏曲を経たのちに、ショパンの大作、ロ短調ソナタにいたる構成。両作とも亡くなる5年前の卓越した成果である。ちなみに、バッハの第1パルティータとブラームスの第2曲は同主調の関係。プログラム全体としては短調を採る曲が多く、それらは近接する主音を上下にめぐる巧緻な設計となる。

 興味深いことに、三者三様の名手でありながら、バッハからショパンへ向かうプログラムの流れは相通じている。とくに同郷の良き先輩後輩の曲目は大きく重なっていて、しかし表出されてくる音楽世界は自ずと異なるだろう。それもまた楽しみなところだ。
文:青澤隆明
(ぶらあぼ2021年11月号より)

【information】
ラファウ・ブレハッチ ピアノ・リサイタル
2021.10/24(日)14:00 サントリーホール
10/26(火)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)
10/28(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール(完売)
エフゲニー・キーシン ピアノ・リサイタル
2021.10/28(木)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)
11/10(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
11/17(水)19:00 サントリーホール
クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル
2021.11/30(火)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)
12/8(水)、12/13(月)各日19:00 サントリーホール


問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 
https://www.japanarts.co.jp
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