【ゲネプロレポート】新国立劇場2021/22シーズン開幕公演 ロッシーニ《チェネレントラ》

ロッシーニの楽しさ、美しさが120パーセント表された
最高水準の歌唱と美しい舞台

 いわゆるシンデレラ(灰かぶり姫)の物語である《チェネレントラ》は、ロッシーニが書いた最後のオペラ・ブッファ。彼の手になる喜歌劇の最高傑作だが、一方で、アンジェリーナ(チェネレントラ)と王子ドン・ラミーロ、王子の教育係である哲学者アリドーロにまつわる音楽は、むしろオペラ・セリアのようだ。つまり、笑いの要素に縁どられながら、善良なヒロインが幸せを勝ちとるまでが、心の機微もふくめ、極上の音楽で美しく抒情的に描かれている。ただし、アンジェリーナを筆頭にどの役も歌唱至難なのだが、新国立劇場の公演は、選りすぐりのロッシーニ歌手たちが、すぐれた歌唱で困難を輝きに変えていた。公演は10月1日、3日、6日、9日、11日、13日。最終総稽古(ゲネラル・プローベ)を取材した。
(2021.9/29 新国立劇場オペラパレス 取材・文:香原斗志 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
中央左:ガブリエーレ・サゴーナ(アリドーロ) 右:脇園 彩(アンジェリーナ)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 最初に序曲で驚かされた。力が抜け、快活で溌溂とした、これぞロッシーニという軽みとテンポ。指揮の城谷正博はワーグナーが得意だという。はたして対照的なロッシーニを、様式感を持って表現できるのか、失礼ながら心配していたが、まったくの杞憂だったようだ。

 序曲の間、舞台上では人々がせわしなく動いている。粟國淳の演出は、ローマの映画スタジオで『チェネレントラ』の映画が撮影されるという設定。つまり、舞台上の人たちは撮影準備に忙しいのだが、序曲が終わるとともに劇中劇としての《チェネレントラ》が始まり、物語に集中させられる。

 虐げられているアンジェリーナが〈昔ひとりの王様が〉と歌うのを聴き、鳥肌が立った。脇園彩(メゾソプラノ)がコロナ禍においても絶えず努力しているのは知っていたが、ここまで進化したとは想像しなかった。第一声から響きの質が以前と違う。発声はいっそう自然になったのに、量感のある声はしっかり届き、倍音はさらに豊かに。また、低音から高音までの行き来がきわめてスムーズで、声質が変わることがない。瞬時に彼女の世界に引き込まれた。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
前列左より:高橋薫子(クロリンダ)、アレッサンドロ・コルベッリ(ドン・マニフィコ)、齊藤純子(ティーズベ)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
左:ルネ・バルベラ(ドン・ラミーロ) 右:脇園 彩(アンジェリーナ) 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 王子の従者ダンディーニは、ヴェルディのイメージが強い上江隼人(バリトン)だが、おかしさを醸し出す軽妙な歌唱で、細かな音符の連なりを敏捷に歌うアジリタもこなせる。本場仕込みのイタリア語も美しい。そして、アンジェリーナの継父のドン・マニフィコは、アレッサンドロ・コルベッリが圧巻の歌を聴かせた。声に微妙なアクセントや色彩を加えるだけで、大げさな表現の何倍も自然に滑稽味が加わる。まさに至芸である。

 王子ラミーロが現れ、アンジェリーナと出会って、互いに魅かれ合う。この場面には陶然とさせられた。ルネ・バルベラ(テノール)はやわらかく歌い出し、弱音が美しい分、フォルテが輝く。そこに脇園の磨かれた声がからみ、2人の戸惑いとときめきが優雅な装飾歌唱で表される。このオペラで最も抒情的な場面が、あまりに美しく繊細に彩られ、涙腺がおおいに刺激されてしまった。

中央右奥:上江隼人(ダンディーニ) 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
左:ガブリエーレ・サゴーナ(アリドーロ)  撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場 
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場 

 王子の教育係アリドーロを歌うガブリエーレ・サゴーナも適役だ。アンジェリーナを慰めて王子の宮殿に送る際のアリアも、品格あるバスの声による、端正で力強いレガートが印象に残った。

 そして、舞踏会に現れた脇園のアンジェリーナは、強い意志が秘められた研ぎ澄まされた声と、軽々と表現される超絶技巧によって、圧倒的な気品と光彩を放った。善良さと品位で2人の継姉との違いが際立ち、ドラマにいっそうの説得力が加わるのだ。

 この舞台はほかにも多方面から強く説得させられる。デフォルメされた集団の動きが、音楽と絶秒にマッチしているのもそのひとつ。粟國淳の手腕だ。アレッサンドロ・チャンマルーギによる美術と衣裳の美しさが、色彩のバランスにいたるまで透徹していることも、また然り。映画スタジオにおける撮影風景という設定だから、なおさら各場面をクローズアップし、美しく、また愉快に彩りやすいことも挙げられる。

中央:アレッサンドロ・コルベッリ(ドン・マニフィコ) 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場 
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
中央:脇園 彩(アンジェリーナ) 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 休憩をへて第2幕は、ますます声の競演(饗宴)だった。舞踏会を後にしたアンジェリーナを見つけ出すと決意をして歌うラミーロのアリアは、やわらかく歌い出され、輝かしいハイCが連発された。しかも、バルベラはその間に楽譜にないハイDまで響かせた。それまで王子に変装していたダンディーニがマニフィコに、実は自分は従者にすぎないと打ち明ける二重唱は、名人芸を聴かせるコルベッリに上江が堂々と渡り合って、おかしさと音楽的な質が両立していた。

 高い音楽的満足度は、冒頭で記したように、ロッシーニの洒脱さやリズム感を見事に表現した城谷の指揮に負うところも大きい。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 そして、玉座に昇るアンジェリーナが、継父と継姉たちを許して歌う至難のロンド・フィナーレは、まさに白眉だった。脇園の声は低音から高音まで少しもストレスなく上下し、アンジェリーナの苦労も、強い意志も、善良さも、やさしさも、そこにはすべてが自然に含有されていた。加えて、あまりに自然に歌われるめくるめくアジリタによる陶酔感。

 ロッシーニ旋風が吹き荒れた200年前のヨーロッパの聴き手が覚えた恍惚感とは、こういうものだったか。そんな想像をしながら、最高のロッシーニに感慨無量だった。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

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【Information】
新国立劇場 2021/22シーズン開幕公演

ロッシーニ《チェネレントラ》(新制作)(全2幕、イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)

2021.10/1(金)19:00、10/3(日)14:00、10/6(水)19:00、10/9(土)14:00、10/11(月)14:00、10/13(水)14:00 新国立劇場 オペラパレス

演出:粟國 淳 
指揮:城谷正博
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

出演
ドン・ラミーロ:ルネ・バルベラ 
ダンディーニ:上江隼人
ドン・マニフィコ:アレッサンドロ・コルベッリ 
アンジェリーナ:脇園 彩
アリドーロ:ガブリエーレ・サゴーナ
クロリンダ:高橋薫子
ティーズベ:齊藤純子 
合唱:新国立劇場合唱団

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999 
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/

https://www.nntt.jac.go.jp/opera/lacenerentola/