INTERVIEW ペーター・レーゼル(ピアノ)
日本でのラスト・コンサートに向けて

76歳の読響デビュー、沖澤のどかとベートーヴェン第1番

取材・文:池田卓夫

 1945年ドレスデン生まれ、かつて旧東ドイツきってのヴィルトゥオーゾとして名をはせたピアニストのペーター・レーゼルが3年ぶりに来日した。感染症対策の2週間待機を経て、沖澤のどか指揮の読売日本交響楽団と初共演するほか、紀尾井ホール、豊田市コンサートホールでソロ・リサイタルに臨む。夫人ともども「大変に快適で素晴らしいピアノもある部屋」でくつろぐレーゼルとオンラインで結び、話を聞いた。

隔離措置中のホテルにてインタビューをうけるレーゼル氏(夫人が撮影)

 レーゼルは1970〜1980年代にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団など東ドイツのオーケストラに同行して何度か来日、90年の旧東西ドイツ統一後しばらく演奏活動についての情報は入ってこなかった。2002年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の元コンサート・マスター、ゲルハルト・ボッセが指揮する新日本フィルハーモニー交響楽団に招かれてベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を共演、07年に紀尾井ホールで30数年ぶりのリサイタルを開き、日本でのキャリアを復活させた。
「ボッセ教授との『皇帝』はよく覚えています。ちょうどサッカーのワールドカップ日韓大会が開催中で、最初のリハーサルに訪れた日、何人かの楽員が日本の敗退を深く悲しんでいたからです」

ベートーヴェンを若い指揮者と日本の聴衆の前で弾くのは大きな楽しみ

 読響はかつてクルト・ザンデルリンクが名誉指揮者、ハインツ・レークナーが常任指揮者を務め、クルト・マズアも頻繁に客演するなど東ドイツのマエストロと縁が深く現在の常任、セバスティアン・ヴァイグレも東ベルリン時代のシュターツカペレ・ベルリンのホルン奏者から頭角を現した。
「いま名前の挙がった指揮者全員と共演した経験があります。ヴァイグレとは2年前、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団でシューマンの協奏曲をご一緒しました。読響には長年、彼らとともに築いてきたドイツ音楽の伝統も深く根付いていると思うのですが、私にとってはなんと、今回が初共演なのです」

 指揮は沖澤のどか。ベルリン在住、旧東ベルリン地区に位置するハンス・アイスラー音楽大学で学び、18年の東京国際音楽コンクール〈指揮〉、翌年の仏ブザンソン国際指揮者コンクールと2年続きで第1位を獲得、現在はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で音楽監督・首席指揮者キリル・ペトレンコのアシスタントを務める。

沖澤のどか(c)Felix Broede


「初対面ですが、ベルリンの担当教授クリスティアン・エーヴァルトは私の親友で家族ぐるみの付き合い。もちろん沖澤さんの名前は存じています。若い指揮者がドイツでドイツ音楽を学び、根幹の部分を究めるのは非常に重要です。現時点での沖澤さんと私の最も好きなベートーヴェン作品の一つ、若い時期の作品である『協奏曲第1番』を芸術への理解だけでなく、集中と注意の払い方も特別に優れた日本の聴衆の前で、ともに再現できるのは大きな喜びでもあります」

 カデンツァについては「ベートーヴェンは第1楽章に2種類書いていますが、私は長い方を採用し終わりの部分に手を入れて弾きます」。

提供:紀尾井ホール

最も長く共演したのはクルト・マズア

 日本でも32曲の「ピアノ・ソナタ全曲」の演奏会とCD録音を終え、5曲の「ピアノ協奏曲全集」も過去2度録音した。ライブも含め「思い出に残るマエストロたち」を尋ねてみた。

「キャリアの初期にはルドルフ・ケンペを深く敬愛しました。一番長く、頻繁に共演したのはマズア。真に世界レベルの実力者と言え、内面の深いところで一致していました。1980年代にはザンデルリンクとの仕事が増え、中でも87年、ロサンゼルス・フィルハーモニックに連れて行っていただき実現した『皇帝』は生涯、忘れられません。高貴なまでに洗練されて輝き、貴族的な解釈と響きに満ちた管弦楽でした」

「そろそろ本当に弾きたい作品だけに絞り、より深める道を静かに歩みたい」と語るレーゼル。目下は日本公演と同じく「2020年に重なった2つの節目、ベートーヴェン生誕250年と私自身の75歳祝いにちなみ計画されながら、コロナ禍で延期を余儀なくされたドイツ、スイス、ポルトガル、韓国、中国、日本などでの演奏日程を少しずつ、回復させる作業が続いています」

 この10月13日の紀尾井ホールでは、もはや伝説と化した2007年のリサイタル復帰とまったく同じ曲目、ハイドンとベートーヴェン、シューベルトのそれぞれ「最後のピアノ・ソナタ」を弾き、「日本での私の一つの“輪”が完結します」(チケットは完売)。22年2月6日には本拠地ドレスデンの文化宮殿(東ドイツ時代の外観を残し、内部を最新の音響設計で造り替えたホール)で「75歳記念演奏会」を予定。モーツァルトのピアノ協奏曲3曲(第20番、第21番、第23番)を一気に弾く。

隔離措置中のホテルにてインタビューをうけるレーゼル氏(夫人が撮影)

 「それ以降は?」と訊くと、「今のドイツで流行っている言い回しをお教えしましょう。『確実(sicher)なのは不確実性(Unsicherheit)だけだ』です。コロナ禍の先行きは予断を許しませんが、今はただひたすら、世界が1日も早く理性的な日常を取り戻し、窮屈な空間を脱出する瞬間を待ち望んでいます」と、温かな「レーゼル教授」らしい答えが返ってきた。

 14日間の待機は退屈しませんでしたか?
「これほど静かに、ゆっくりと休めたのは物心ついてから初めて。せっかくなので持参してきた、ドイツ人にも難物の大作小説、トーマス・マンの『魔の山』の読破に成功したよ(笑)」

 いつインタビューしても、おしゃれで、ユーモアのセンスを絶やさないマエストロの話術に魅了されて終わる。


ペーター・レーゼル Peter Rösel(ピアノ)
 ドイツ・ピアニズムの伝統を今に伝える世界的巨匠。1945年ドレスデン生まれ。モスクワ音楽院でバシキーロフとオボーリンに師事。チャイコフスキー国際コンクールにドイツ人として初めての入賞を果たした。これまでにコンドラシン、テンシュテット、スウィトナー、ハイティンク、K.マズア、K.ザンデルリンク、テミルカーノフらの指揮で、ベルリン・フィル、ドレスデン国立歌劇場管、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、ニューヨーク・フィルなど世界の著名な楽団と共演。ザルツブルク、ラ・ロック・ダンテロン、ドレスデンなど国際的な音楽祭でも活躍している。2009年にはドレスデン市芸術賞を受賞。EMI、キングレコードなどから多くの録音をリリースし、高い評価を得ている。今回で、惜しまれつつも日本での公演活動に終止符を打つ。



【Information】
読売日本交響楽団
第241回 土曜・日曜マチネーシリーズ
2021.10/9(土)、10/10(日)各日14:00
東京芸術劇場 コンサートホール


指揮:沖澤のどか
ピアノ:ペーター・レーゼル

シベリウス:交響詩「フィンランディア」作品26
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15
シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 作品43

問:読響チケットセンター0570-00-4390
https://yomikyo.or.jp
https://yomikyo.or.jp/concert/?concert=202110091400,202110101400#search_r

他公演
ペーター・レーゼル フェアウェル・リサイタル
2021.10/13(水)19:00 紀尾井ホール
(完売)
https://kioihall.jp/20211013k1900.html
ペーター・レーゼル ピアノ・リサイタル
10/16(土)15:00 豊田市コンサートホール
(0565-35-8200)
https://www.t-cn.gr.jp/8222/