お客さんにとっての肌感覚が
より鮮明に見えてくるようなことができたらいいなと思います
取材・文:宮本明
今回の新演出上演の大きな注目ポイントが、世界的ダンサー森山開次の出演だ。歌手と合唱、器楽奏者の全員が初めて揃ってのリハーサルを終えたばかりの森山に聞いた。
「ピアノ・リハーサルでももちろん想像はできますが、やはりオーケストラの奏でる音があるとイマジネーションが広がりますし、身体を押す手助けをいただけるので楽しいですね」
2つの能を題材にしたオペラ《Only the Sound Remains ー余韻ー》。とくにオペラ後半の《羽衣》は天女の舞がクライマックスとなる物語なので、初演のプロダクション(ピーター・セラーズ演出)でも天女役の踊り手が起用されていた。今回はさらに、前半の《経正》でも森山が踊り、カウンターテナーのミハウ・スワヴェツキとともに主役を演じる。
「演出のアレクシさんからは、自由に思い切ってやってください、自分のイマジネーションをどんどん出してほしいという思いが伝わってきました。今は本番に向けてそれを出している過程というか、言葉のコミュニケーションよりも、ひたすら踊って、キャッチできたりロストしたり、少しずつ形をあぶり出しているような感覚です。
サーリアホさんの音楽には自然の音というか、薪能で踊っている時に感じるような雰囲気があって、風とか火の粉とか、そんな空気感をすごく感じます。不思議な感覚。そこに身体を置いて、音符の一音一音に対して正解・不正解を見つけるようなやり方ではなく、お客さんにとっての肌感覚がより鮮明に見えてくるようなことができたらいいなと思っています。
この作品の題材となっている2つの能は、そこにいそうでいないもの、確かなようで不確かなものを扱っています。だから自分自身も、そこに不確かに存在したい。感覚的な話で申し訳ないですけど、踊っている時も踊っていない時も、そこにいるようでいないような存在でいてみようと思って。その曖昧なところにいる自分というのがすごく楽しいし、そこに僕のやるべきことがあるような気がしています。いわゆるダンスというあり方だけではない、僕が入る意味を見つけていきたい」
この2つの能の演目を選んだサーリアホのセンスに愕然としたと語る。
「僕たち日本人でさえ、この2演目をどこまで理解しているか。日本人であることにどっぷり浸かって、日本人の美のセンスが、とか言っていられないぞと思うんです。このセンスを、じつはもう日本人は失っているんじゃないか。自分自身にもそれを問いかけています。言葉ではなく、自分自身の体幹から生まれてくる、日本人としてのセンス感とかそういうものとしっかり向き合って取り組んでいきたいなという思いを、とてもとても強く感じています」
サーリアホも指揮のクレマン・マオ・タカスも、このオペラは能のコピーではないと強調する。それは重々承知したうえで、私たち日本人の演者がこの作品に接するとき、原作の能の存在を意識するのか、あえてそれを排してサーリアホの音楽のみと向き合って表現するのかを尋ねた。
「そこは両方のアプローチが大事かなと思っています。やはり日本人として、能の歴史のなかでこの2つの演目がどんな経緯で生まれてきたかを想像することは、僕にとってはとても大事です。
そのことと、サーリアホさんが能から違うものを生み出そうとしたアプローチ。自分のなかではその両方を同時に旅しているような感覚です。2つの面白い旅の時間軸があるように感じています。
カウンターテナーのミハウと、二人で一人の役柄にアプローチするという構図もそうなのですが、このクリエイションにはつねに、2つの時、ダブル・ヴィジョンのような感覚があります。能の時の流れとサーリアホさんの刻んだ現代の時。僕のなかの感覚的な2つ。《経正》と《羽衣》。日本語と英語の置き換え。そんな「2」にして「1」であるということの意味。今はまだそこまでは悟れないですけど(笑)、そういう2つのベクトルが楽しいですね」
なるほど。非常に腑に落ちる視点。私たち見る側もそんな感覚でこの作品に接すれば、すんなりと楽しめそうだ。
「サーリアホさんたちが能のコピーではないとおっしゃっているのも、たぶんそれと同じような感覚で、どこかで少し能に触れているということもあるでしょう。でももちろんそれだけではない、もっと大きなところで、また個性という部分でも、(能とオペラの関係に)真摯にアプローチされているのがとても気持ちいいです。
サーリアホさんの音楽が、まるで水墨画を描くように色の濃淡で空気を彩っていくのを楽しんでもらいたいし、自分も、染める側でもあるけど染まる側でもあるというか、踊りでも同じようにありたいなと思って取り組んでいるのですけど、なかなか…。はい(笑)」
【関連記事】
●来日中の世界的作曲家カイヤ・サーリアホ
オペラ《Only the Sound Remains −余韻−》公演直前最新インタビュー
●「サーリアホさんは空気に色付けする魔術師ですね」
〜成田逹輝(ヴァイオリン、東京文化会館チェンバーオーケストラ第一ヴァイオリン) インタビュー
●「サーリアホの音楽の特徴は美しいこと、そして非常にハードにコントラストの激しい表現が好きです」
〜クレマン・マオ・タカス(指揮)インタビュー
【information】
東京文化会館 舞台芸術創造事業〈国際共同制作〉
カイヤ・サーリアホ作曲:オペラ《Only the Sound Remais −余韻−》
2021.6/6(日)15:00 東京文化会館 大ホール
第1部:Always Strong 原作:能『経正』
第2部:Feather Mantle 原作:能『羽衣』
上演時間:約2時間(休憩1回含む)
指揮:クレマン・マオ・タカス
演出:美術・衣装・映像:アレクシ・バリエール
美術:照明・衣装:エディエンヌ・エクスブライア
音響:クリストフ・レブトレン
舞台監督:山田ゆか
出演:
ミハウ・スワヴェツキ(カウンターテナー)(第1部:経正/第2部:天女)
ブライアン・マリー(バリトン)(第1部:行慶/第2部:白龍)
演奏:東京文化会館チェンバーオーケストラ
(第1ヴァイオリン:成田逹輝、第2ヴァイオリン:瀧村依里、ヴィオラ:原裕子、チェロ:笹沼樹、カンテレ:エイヤ・カンカーンランタ、フルート:カミラ・ホイテンガ、打楽器:神戸光徳)
コーラス:新国立劇場合唱団
(ソプラノ:渡邊仁美、アルト:北村典子、テノール:長谷川公、バス:山本竜介)
問:東京文化会館チケットサービス03-5685-0650
https://www.t-bunka.jp