
1993年生まれの若手指揮者、松本宗利音(まつもと・しゅうりひと)が2026年1月17日、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会にデビューする。みなとみらいシリーズの第410回定期でビゼー、パガニーニ、メンデルスゾーンを並べた南欧プログラム。「勢いのある楽団が主催公演に招いてくださった期待に応えたい」と意気込む。
大阪府豊中市の生まれで京都市立堀川音楽高校、東京藝術大学音楽学部指揮科を卒業したが、両親は音楽家ではなく、熱心な聴き手だった。
「サラリーマンだった父は指揮者カール・シューリヒトの大ファン。ハーグ・レジデンティ管弦楽団と録音したブルックナーの交響曲第7番をきっかけに、のめり込んでいったそうです」
やがてシューリヒトのマリア・マルタ夫人(1916~2011)と接点ができた両親は息子の名付け親になってくれるよう頼み、いくつかの候補の中から「最終的に“しゅうりひと”に決まったと聞いています」



本格的に指揮者を目指したのは高校入学後。
「小さい頃から音楽をやっていたので音楽高校なら簡単に入れると考え、いい加減な気持ちで入学しました。1年生の時に指揮の先生から『本気でないなら、やめた方がいい』と一喝されて意識が変わり、前後して様々な演奏をLP盤で聴き比べるための中古レコード店通いが始まりました」
もちろん最初は「何でもシューリヒトの演奏を聴いてから」、次第にクナッパーツブッシュやメンゲルベルク、ケルテス、アンチェル…と守備範囲を広げた。デビュー後は「LPオタク」を卒業して「今の時代にどう、音楽を打ち出していくか」に集中している。
対象が変わっても、「凝り性」の性格は一貫しているようだ。
「機械は元々好きで、コロナ禍には二輪車の整備士の資格を本気で取ろうとも思いました。今でもバイクの大抵の修理は自分でやります。自然は大好きです。この木は何目の何科、この虫の生態は…と図鑑で調べます。特に淡水魚は大好きで、時間を忘れてしまいます。自分と他人を比べることはありませんが、自然に関しての興味は誰にも負けません!」



キャリアを駆け上がる若きタクト
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団指揮研究員(2017年から2年間)を務めた後、2018年3月に子ども向けの公演を指揮したのが正式な指揮者デビュー。直後に札幌交響楽団でいきなり、ベートーヴェンの交響曲第2番を振るチャンスが訪れて成果を出し、同楽団の指揮者を2019年から22年まで続けた。2025年4月からは大阪フィルハーモニー交響楽団指揮者。
「次第に主催公演を指揮する機会も増え、自分が選曲する機会も増えましたが、早くから凝り固まるのは良くないので、楽団側の提案も生かしながら、プログラムをつくります。ゆくゆくは、ベートーヴェンを中心に評価されるような指揮者になりたいですね」
神奈川フィルとの初共演は2024年3月の海老名市。伊藤悠貴が独奏したドヴォルザークのチェロ協奏曲とベートーヴェンの交響曲第7番だった。その後、スターダンサーズ・バレエ団公演のピットで再共演。大阪フィルでホルストの「惑星」を指揮した際に神奈川フィル音楽監督の指揮者、沼尻竜典が突然楽屋に現れ、「ものすごく褒めてくださいました」。

軽やかさと熱い感情を描く「イタリア」
神奈川フィル主催公演への初登場となる「みなとみらいシリーズ」第410回定期では「初共演となるイタリアのヴァイオリニスト、ジュゼッペ・ジッボーニさんが弾くパガニーニの協奏曲(第1番)が先に決まっていました。ならば後半の交響曲は『イタリア』と関連付け、メンデルスゾーンの第4番を希望しました。2025年8月のフェスタサマーミューザではNHK交響楽団と交響曲第3番『スコットランド』を演奏しましたが、メンデルスゾーンは大好きで、真正面から取り組みたい作曲家です。メインの曲にしては短めながら、力まず軽やかさを保ちつつ、どれだけ多彩な感情をこめて演奏できるかのハードルは高いです。あと1曲、コンチェルトの前に何を置くか考えた時、3年ほど前に仙台フィルハーモニー管弦楽団で指揮したビゼーの序曲『祖国』が頭に浮かびました。同じ作曲家の交響曲とセットで仙台フィルから提案されたのですが、振ってみたら、すごく良い曲だったのです。《カルメン》だけが突出して有名なビゼーは、短い生涯の間に中身の濃い作品を書きました。『祖国』もいい曲だなあと思っていただけるよう指揮します」
最後に神奈川フィルの印象を聞いた。
「独自の企画を発信して、ファンも増やしているオーケストラ。勢いのあるオーケストラとともにどのような音楽を一緒につくれるのか、とても楽しみにしています」
取材・文:池田卓夫
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
みなとみらいシリーズ定期演奏会 第410回
2026.1/17(土)14:00 横浜みなとみらいホール
出演
松本宗利音(指揮)
ジュゼッペ・ジッボーニ(ヴァイオリン)
曲目
ビゼー:序曲「祖国」op.19
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調 op.6
メンデルスゾーン:交響曲第4番 イ長調 op.90「イタリア」
問:神奈川フィル・チケットサービス045-226-5107
https://www.kanaphil.or.jp

池田卓夫 Takuo Ikeda(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)
1988年、日本経済新聞社フランクフルト支局長として、ベルリンの壁崩壊からドイツ統一までを現地より報道。1993年以降は文化部にて音楽担当の編集委員を長く務める。2018年に退職後、フリーランスの音楽ジャーナリストとして活動を開始。『音楽の友』『モーストリー・クラシック』等に記事や批評を執筆する他、演奏会プログラムやCD解説も手掛ける。コンサートやCDのプロデュース、司会・通訳、東京音楽コンクール、大阪国際音楽コンクールなどの審査員も務める。著書に『天国からの演奏家たち』(青林堂)がある。
https://www.iketakuhonpo.com

