「芸術家ならみな栄光を求めて励み、第一人者になりたいと望む」——モーツァルト《劇場支配人》の登場人物、ジルバークラング嬢が歌う一言である。オペラの現場では、歌手も指揮者も演出家も、まずは自分の意見をぶつけて前進する。それを切磋琢磨と評する場合もあれば、意地悪く「足の引っ張り合い」と呼ぶ人もいるだろう。でも、自分の芸術表現を貫きたいのなら、ある程度の摩擦もあって当然のことなのだ。
1786年2月にウィーンのシェーンブルン宮殿で世界初演された《劇場支配人》は、10人もの登場人物を擁する作品だが、楽曲は序曲のほか歌が4曲——歌声を聴かせるキャストもわずか4名——のみであり、ドラマの大半は楽屋裏での「演者たちの売り込み合戦」を生の対話で描くもの。いわゆる、ジングシュピール(ドイツ語の歌芝居)のジャンルの作であり、舞台上演ではセリフ部分を縮めることが殆どである。

高田瑞希/熊谷綾乃 ©FUKAYA Yoshinobu auraY2
しかし、来年1月に本作に挑むびわ湖ホールでは、ホールが誇る「声楽アンサンブル」の面々が精力的に取り組み、純粋な芝居の部分もほぼ全編演じるとのこと。この作品の本格的な公演は滅多に無いので、貴重な機会として、「アーティストたちのユーモラスな生存競争」の在り方をたっぷりと味わっていただければと思う。
なお、今回はダブルキャストなので、歌手ヘルツ夫人役がソプラノの脇阪法子と藤村江李奈。《魔笛》の夜の女王と同じく、最高音が3点へ音(高いファ)に達する難役だけに、二人の全力投球ぶりが露わになるだろう。また、前述のジルバークラング嬢役を演じるのは、同じくソプラノの高田瑞希と熊谷綾乃。強い抒情性を求められるパートだが、声の技の面でもライバルと競うという設定なので、彼女たちの熱唱もどうぞお楽しみに。

船越亜弥/山岸裕梨
そして、ステージの後半は、イタリアのレオンカヴァッロの人気オペラ《道化師》全曲を上演。「道化師が舞台上で自分の妻を殺す」という血なまぐさい話だが、なんでも昔のフランスにそういう人物がいたそうで、19世紀末にその物語が芝居やオペラで話題を集めていたことに刺激を受けた作曲者が自分で台本も書き、ミラノで1892年に世界初演した一作である。
今回、びわ湖ホールとしては「劇場を巡る喜劇と悲劇」としてこの2作をカップリングしたとのこと。となれば、曲調の対照の妙はより際立つに違いない。《道化師》では、東京から客演する名テノール福井敬とアンサンブル出身の谷口耕平が道化師カニオ役で競演し、妻のネッダ役はソプラノの船越亜弥と山岸裕梨が担当。敵役のトニオはバリトンの西田昂平と市川敏雅が歌う。彼らの「ひときわ熱く、ドラマティックな歌いぶり」が、客席の皆さまを大いに揺さぶるさまが今から楽しみである。そして、練達の演出家・中村敬一と、ベテラン指揮者キンボー・イシイの組み合わせも、「物語が分かりやすい2つのオペラ」の明暗の境地を鮮やかに描き上げるに違いない。乞うご期待!
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2025年12月号より)
びわ湖ホール オペラへの招待
モーツァルト作曲《劇場支配人》&レオンカヴァッロ作曲《道化師》
2026.1/24(土)、1/25(日)、1/26(月)、1/27(火) 各日14:00
びわ湖ホール 中ホール
問:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136
https://www.biwako-hall.or.jp/

岸 純信 Suminobu Kishi
オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。
