野島稔・よこすかピアノコンクール審査委員による ベートーヴェン ピアノ協奏曲

熟達の至芸と巨匠の変遷を、同時に知る醍醐味

 音楽祭などでマスタークラスとコンサートを両方行う演奏家は、口を揃えて「いつも以上に緊張する」と話す。むろん受講者の手前、下手な演奏はできないからだ。それがコンクールの審査員となればなおさらだろう。2006年に始まった「野島稔・よこすかピアノコンクール」では、例年、審査委員によるコンサートが行われている。日本を代表する国際派ピアニスト・野島稔とプロ音楽家たちの自負をうかがわせる同公演は、スリリングな魅力充分。一般ファンもぜひ注目したいところだ。
 今年のコンサートはとりわけ興味深い。5人の審査委員がベートーヴェンのピアノ協奏曲全5曲を、立て続けに弾く。奏者は1番から順に、迫昭嘉、若林顕、神谷郁代、野平一郎、野島稔。いずれも地に足のついた活動で信頼も厚い、筋金入りの名手たちだ。公演の妙味は数多い。まずは、同一作曲家の同一形態の作品を聴くことで、各ピアニストの音色やタッチ、アプローチなどの違いを目の当たりにできる。それと同時に、名うてのベテランの至芸を続けて聴くことは、音楽家それぞれの円熟の在り方を知る貴重な体験となる。そしてまた、ベートーヴェンの作風の変遷や成熟の軌跡と、当時顕著だったピアノの進化の過程を、真に実感できる。
 バックも広上淳一指揮の東京交響楽団だから態勢は万全。そもそもベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を一挙に味わえるチャンスは少ない(稀にあってもまず単独のピアニストによる)し、かように様々な意義をもった公演は稀有ともいえる。約3時間半の長丁場だが、会場に参じて全うする価値は計り知れない。
文:柴田克彦
(ぶらあぼ2014年3月号から)

★4月13日(日)・よこすか芸術劇場
問:横須賀芸術劇場046-823-9999
http://www.yokosuka-arts.or.jp