【WEBぶらあぼ特別コラム】オペラ《死の都》の魅力〜そのロマンティックな世界観

 愛する者が突然亡くなってしまったら、残された側はその悲しみにどう向き合うのか?例えば、ベルギーの人ロデンバックがフランス語で書いた小説『死都ブリュージュ』(1892)では、亡妻と瓜二つの女と出逢った男が、その女性の乱暴な振る舞い − 妻の遺品の『金髪の束』をもてあそぶ − に激昂して彼女を絞殺。さらに深い孤独を抱えながら立ち尽くすのである。

 しかし、この小説に注目した作曲家、オーストリア生まれのエーリヒ・コルンゴルト(1897-1957)は、オペラ化するにあたって別の方向性を打ち立てた。当時の彼はまだ20代前半の若者で、「死」という言葉の妖しい薫りに持ち前のロマンティックな楽才を刺激される一方で、「生」の光ももたらそうとしたのである。彼は父親ユリウスと共同でドイツ語の台本を書き(筆名:パウル・ショット)、歌劇《死の都》として初演(1920)。同時代の新作オペラで最大級のヒットを記録した。

フィンランド国立歌劇場公演より photo: Stefan Bremer
フィンランド国立歌劇場公演より photo: Stefan Bremer

 ここで注目すべきはやはり、オペラと原作小説の終わり方の違い。オペラでも亡妻マリーを冒涜する踊り子マリエッタに紳士パウルが激怒しいきなり彼女の首に手をかけるものの、気がつくとすべては元のまま。誰も死なず、マリエッタは微笑みながら立ち去ってゆく。そこでパウルは親友フランクの助言を受け入れ、「生と死は別物だ」と呟き、死の街との別離を決意して幕となる。

 つまり、コルンゴルトが目指したのは、死別の悲運を乗り越えて退廃的な世界観と決別する男の姿を、自分ならではの壮麗な響きで描くこと。劇中ではマリエッタとパウルのメロディアスな二重唱〈私に残された幸せが〉が飛びぬけて有名だが、他にもピエロのフリッツが歌う耽美的なアリア〈わが憧れ、わが幻〉など、麗しい旋律美と繊細なオーケストレーションが溶け合う名場面が多く、本作の人気をそれぞれ支えている。

フィンランド国立歌劇場公演より photo: Stefan Bremer
フィンランド国立歌劇場公演より photo: Stefan Bremer

 さて、この3月に新国立劇場が上演する《死の都》は、2010年にヘルシンキで初披露された名プロダクションによるもの。主役のパウルはトルステン・ケール。演出家カスパー・ホルテンは「オペラとは、世界を外面からではなく内側から観た時にどう感じられるかを表現する芸術。パウルの心理状態に光を当てるステージです」と熱弁をふるい、マリエッタ&マリーを演じるソプラノの新星ミーガン・ミラーも「『克服のプロセス』は人それぞれですね。でも、生きている限り、悲しみはいつか乗り越えねば」と真摯に語る。大オーケストラならではの音の色彩感と、歌手たちの熱唱でこの名作の真価を堪能してみたい。
文:岸純信(オペラ研究家)
フィンランド国立歌劇場公演より photo: Stefan Bremer
ミーガン・ミラー

※ミーガン・ミラーさんのインタビュー記事は「ぶらあぼ2月号」(1月18日発行)に掲載されます。

新国立劇場オペラ《死の都》
【全3幕ドイツ語上演・日本語字幕付】

2014/3/12(水) 〜 2014/3/24(月)
新国立劇場 オペラパレス
上演予定時間:約3時間10分(休憩含む)

■指揮:ヤロスラフ・キズリンク
■演出:カスパー・ホルテン

■配役
【パウル】トルステン・ケール
【マリエッタ/マリーの声】ミーガン・ミラー
【フランク/フリッツ】アントン・ケレミチェフ
【ブリギッタ】山下牧子
【ユリエッテ】平井香織
【リュシエンヌ】小野美咲
【ガストン(声)/ヴィクトリン】小原啓楼
【アルバート伯爵】糸賀修平
【マリー(黙役)】エマ・ハワード
【ガストン(ダンサー)】白鬚真二

■チケット
S 26,250 A 21,000 B 14,700 C 8,400 D 5,250 Z 1,500
新国立劇場ボックスオフィス 03-5352-9999
ローソンチケット Lコード:32007

●新国立劇場
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/

新国立劇場《死の都》特設サイト
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/dietotestadt/