田部京子(ピアノ)

ベートーヴェン・イヤーに贈る「皇帝」と6番目の?ピアノ協奏曲

C)Akira Muto

 「生誕250年という記念の年に、ようやくこの曲が弾けるのかと思うと本当にうれしいです!」と語るのは、ピアニストの田部京子。「この曲」とはピアノ協奏曲ニ長調 op.61aのことであり、ベートーヴェンがムツィオ・クレメンティの依頼を受け、ヴァイオリン協奏曲をピアノ協奏曲へと編曲したものである。2020年5月2日、『田部京子が弾く!ベートーヴェン2大コンチェルト』と題されたコンサートでは、共演も多い飯森範親の指揮で第5番「皇帝」とともにこの曲を演奏。「編曲もの」という軽視されがちな認識を覆すべく、充実期に書かれたピアノ協奏曲の一作として再評価を促す。

「昔からヴァイオリン協奏曲が大好きで、もちろん滅多に演奏されないこのピアノ協奏曲版の存在も知っていましたが、やはり演奏のオファーをされたことは皆無でしたので、この機会にぜひ、と提案しました。ピアノで演奏すると、右手はソロ・ヴァイオリンのパート、左手はその旋律をサポートするような音型になっていますが、打鍵後に音が減衰するピアノでも、弦楽器のような伸びやかな音符間の密度を表現できるように模索します。その上でピアノならではの音楽を確立するところに挑戦のしがいがありますし、元々は単旋律だからこそ、音色、音質、アゴーギグ、そして左手とのバランスなどを吟味しなくてはいけません。実はピアニストの音楽性やアイディアを要求する、とても難しい作品ともいえるのです」

 そして初めて聴く人はきっと驚くであろう、残されているカデンツァ(第1楽章)のひとつは途中からティンパニが加わってくるという画期的なものだ。もちろん田部はコンサートでも、このカデンツァを弾く予定である。

「親交があったクレメンティの頼みとはいえ、ベートーヴェンはピアノの特性によってこの作品の新たな魅力を引き出せると確信したからこそ編曲をし、また作曲家として主張をするようなことを試したかったのではないでしょうか。そのアイディアのひとつがカデンツァだったのでしょう。後年の『第九』を連想させる旋律の断片があったり、新鮮な驚きや発見とともに聴いていただけると思います」

 聴き手の好奇心をくすぐる作品であることは間違いないが、一方の第5番「皇帝」は何度も演奏し、そのたびに曲への共感を深めている作品だ。
「弾いていると室内楽的な親密さを求められる第4番までとは異なり、すべてが革新的でエネルギーに満ちあふれていますし、オーケストラと対峙するという感覚が強いですね。あらゆる高度な技術を必要としますし、カデンツァもすべて記譜しているなど、ベートーヴェンの強い意志を感じます。このあたりは弾き手や聴衆が作品に寄り添い、耳を澄ましてメッセージを感じとるシューベルトと、大きく違うところかもしれません」

 晩年のソナタ(第30番〜第32番)も含め、これまでにも多くのベートーヴェン作品を演奏してきたが、あらためて演奏の背景となるベートーヴェン観について聞いてみた。
「ベートーヴェン自身は、苦悩や絶望を味わいつつもそれを超越して、究極の人類愛へとたどり着いた人ではないかと思えるのです。過酷な状況に立ち向かい、受け入れ、人間を救いへと導くような感覚を、特に晩年のピアノ・ソナタなどには強く感じます。2つの協奏曲はそうした人生の過程で生まれた創作絶頂期の作品ですが、譜面の行間や裏側にあるものを読み取りながら真髄に迫っていくことを、演奏家は求められるのだと思っています」

 偶然にも誕生日(3月26日)がベートーヴェンの命日であり、「生まれ変わりだなんていう、大それたことは思っていませんよ」と笑うが、16年から行っているシリーズ『シューベルト・プラス』でもベートーヴェンのソナタを取り上げるほか、今後は室内楽曲も多く取り組みたいという。『2大コンチェルト』はライヴ録音も予定されており、大きな刻印となるのは間違いないだろう。
取材・文:オヤマダアツシ
(ぶらあぼ2020年1月号より)

Profile
17歳で日本音楽コンクール優勝。ベルリン芸術大学に学び、ミュンヘン国際音楽コンクールなど受賞多数。バイエルン放送響、バンベルク響、モスクワ・フィル等との共演他、トップアーティストからも厚い信頼を寄せられている。35枚リリースされているCDの多くが国内外で特選盤に選出。リサイタルではシリーズ『シューベルト・プラス』が大好評を博している。第一線で演奏活動を続ける傍ら、桐朋学園大学院大学教授も務める。日本を代表する実力派ピアニストの一人として根強い人気を集めている。

Information
田部京子が弾く!
ベートーヴェン2大コンチェルト ピアノ協奏曲ニ長調 op.61a × 「皇帝」

2020.5/2(土)14:00 サントリーホール

曲目:ベートーヴェン:ピアノ協奏曲ニ長調 op.61a(作曲者自身によるヴァイオリン協奏曲 op.61のピアノ用編曲)、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
ピアノ:田部京子 指揮:飯森範親 管弦楽:東京交響楽団

2019.12/25(水)発売
問:サンライズプロモーション東京0570-00-3337
https://sunrisetokyo.com

  • La Valseの最新記事もチェック

    • ダヴィデ・ルチアーノ(バリトン)| いま聴いておきたい歌手たち 第12回 
      on 2020/01/17 at 03:20

      text:香原斗志(オペラ評論家) スターダムをのし上がりつつあるバリトンの大器 20世紀までは、バリトンなら彼だ、と太鼓判を押せる歌手がいつも、それも複数いたように思うが、ここしばらくの間、20世紀の生き残りであるような大御所を除くと、絶対的な指標になるようなバリトンがいなかったように思う。ダヴィデ・ルチアーノこそは、久々に現れた大器というべきだろう。 2017年8月、ペーザロのロッシーニ・オペ [&#8230 […]