力強く劇的なのに美しい歌を聴かせる稀有なテノール
2011年、東日本大震災直後で歌手のキャンセルが相次いだボローニャ歌劇場公演で、急遽代役として《カルメン》に出演、すばらしいドン・ホセを歌って日本人に勇気を与えてくれたマルセロ・アルバレス。待ち望まれた来日が8年ぶりに実現する。筆者がアルバレスを初めて聴いたのは1997年、ジェノヴァでの《リゴレット》で、艶と輝きがある若々しい美声と端正な表現が強く印象に残った。
当初はベルカント・オペラやフランスの抒情的作品で存在感を示し、来日も何度か重ねたが、2000年代半ばごろからドラマティックな役柄へとレパートリーを移した。これは声を失うリスクも伴う危険な道だが、アルバレスほどこの転換に成功したテノールを筆者は知らない。劇的に響くようになった声には、いまも艶やかな色彩や輝きが同居し、かつ柔軟なのだ。そんな声をもてたのは天性の資質に加え、知性と努力の賜物だろう。インタビューする機会があり、その際に、医師の助言に耳を傾け、慎重にレパートリーを選んでいること、歌へのアプローチは相変わらずベルカントで、時間をかけてフレージングを磨いていることを強調した。
それだけに、オーケストラ(カメル・カハーン指揮東京ニューシティ管弦楽団)のもと(大阪はカハーンのピアノ伴奏)、アルバレスが《ル・シッド》の〈おお、裁きの神〉や《道化師》の〈衣装をつけろ〉、《トゥーランドット》の〈誰も寝てはならぬ〉といったドラマティックなアリアの数々を歌うのを聴けるのは、本当に楽しみだ。力強く圧倒的な響きなのに美しい――。そんな、天が二物を与えたようなテノールは、ほかに見当たらないから。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2019年2月号より)
2019.2/7(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール(テイト・チケットセンター03-6379-3144)
2/10(日)17:00 愛知県芸術劇場 コンサートホール(中京テレビ事業052-588-4477)
2/13(水)18:30 大阪/フェスティバルホール(フォルテ音楽事務所06-6375-7431)