山中千尋(ピアノ)

ジャズに生まれ変わったクラシックの名曲たち


 ニューヨークを拠点に活躍するジャズ・ピアニストの山中千尋が、クラシック曲を斬新にアレンジし、自身のトリオで演奏したアルバム『ユートピア』をリリースした。桐朋学園大学を経てバークリー音楽大学に留学、高度な技術に裏打ちされたプレイでファンを魅了する山中だが、当盤はあらゆる音楽や文化に精通する彼女らしい感性が光る一枚となっている。11月からスタートするトリオ編成でのアルバム発売記念全国ホールツアーを前に話を聞いた。
「子どもの頃からクラシック音楽は身近なものでしたが、どうしてもピアノと自分との間に偉い作曲家の存在が挟まっているような違和感を感じていました。けれど、その壁を取り払って自分らしい表現ができたらと思い、ジャズでいうところの“スタンダード”と同じようにクラシック曲を取り上げて、アレンジしてみたんです。よく知られた曲から、いかに新しい面白さを引き出せるかというチャレンジでもあったので、あえて有名曲ばかりをチョイスしました」
 新譜には、たしかにボンダジェフスカ=バラノフスカ(バダジェフスカ)の「乙女の祈り」、サン=サーンスの「白鳥」など、おなじみのメロディが満載。しかし山中の手にかかると、可憐な乙女や優雅な白鳥がそれまでのイメージとは異なる姿に変身する。それは予想を裏切られる快感ですらある。
「『乙女の祈り』はパッションと開放感のあるコード進行にアレンジすることで、現代風の元気な女の子の感じが出せればいいなと。『白鳥』は5拍子にして、原曲と同様にベースラインを同じパターンでの繰り返しにしました。福島に住んでいた子どもの頃、阿武隈川に白鳥がいたのですが、遠くから見たときの優雅さとは逆に、餌を持っているとものすごい勢いで襲ってきて、アグレッシヴで怖かったんです。だから私の中での白鳥は攻めているイメージ(笑)。そうやって語り手が変わることで、まったく別のストーリーになるのが、ジャズの面白さのひとつだと思います」
 今年で生誕120年のガーシュウィン、生誕100年のバーンスタインの作品も収録されている。
「武満徹さんの作品も入れましたが、今作はジャズに深い関係を持つ作曲家を中心に据えたのも、自分の中でのチャレンジでした。ピアノ・トリオで演奏することで、互いに丁々発止のやり取りがあったりして、よりジャズ的な表現ができたのではないかと思います。さらにライヴでは、アルバムとはひと味もふた味も違う演奏になるでしょうね」
 クラシック・リスナーの皆さんにも、ぜひ山中千尋と一緒に“遊び心のある実験”をお楽しみいただきたい。
取材・文:原 典子
(ぶらあぼ2018年10月号より)

山中千尋 ニューヨーク・トリオ 全国ホールツアー2018 東京公演
2018.11/10(土)17:30 すみだトリフォニーホール
問:プランクトン03-3498-2881
※ツアーの詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
http://www.plankton.co.jp/chihiro/

CD
『ユートピア』
ユニバーサル ミュージック
UCCJ-2157
¥3000+税