《カルメン》に目を開かせてくれた名指導者の言葉
華やかな美貌と深い声音で客席を魅了するメゾソプラノ、鳥木弥生。2月にヨコスカ・ベイサイド・ポケットで《カルメン》のハイライト版(企画・演出:彌勒忠史)に主演。「一筋縄ではいかない妖女」カルメンにどのように取り組むのだろうか?
「フィレンツェに留学中、市民プールなどでロマ(ジプシー)の人たちと触れあう機会がありまして、やはり、人目を捉える魅力を持っていました。会話してみると、カルメンのように、世界観に独特の軽さがあり、『なるようにしかならない。何ごとも運命』という考え方が伝わってきましたね。この役を歌う上でのてがかりになっています。一方、ビゼーの《カルメン》に関して私が得た一番大きな経験は、フランスの著名なコレペティトゥール、ジャニーヌ・レイスとの出会いです。オランジェ音楽祭でお目にかかった途端、『貴女の声を聴きたいわ!』と劇場裏に拉致(!)されて(笑)、こう言われました『貴女は、フランス・オペラのメゾの役の全てを歌える声と芸術性を持っている。でも今の発音はひどい!』。それで、イタリアからパリに通い始め、文化庁の海外研修もフランスで受けました」
ジャニーヌ・レイスといえば、あのマリア・カラスにもフランスものを教えた「指導者界の女王」。彼女に認められるとは!
「本当に熱心にご指導いただき、カルメンやデリラ、《ウェルテル》のシャルロットなど主要な役はすべて教わりました。私は能登の田舎という平和な環境で育ち、競争心や警戒心が薄いままオペラの世界に入りましたので、海外でコンクールを受けても、他の歌手たちの強さに気後れしていたのですが、その自分がカルメンを演るのは…と言いかけたところ、先生が一言『自分と遠いからこそ、絶対、良いカルメンを作れるのよ!』と仰ったのです」
このコメントが鳥木を覚醒させることに。
「『《カルメン》では台詞でも歌でも、登場人物それぞれの論調やメロディが明快で、そこが特徴的なのよ。特にカルメン役は、ガーッと声の力で歌うのではなく、歌詞と音楽の流れで表現しなくてはならない。貴女が良く出来たときの歌は本当に見事。だからこそ、完璧じゃない発音がたまに出るとそれが許せなくて涙が出るわ!』と仰られ、そのまま泣かれました(笑)。このレッスンが、今の私の原動力です」
もともと文学少女で、しかも漫画を描くのも大好きという鳥木。《カルメン》と並んで愛する役柄は、まるで正反対の、たおやかな人妻シャルロットだという。
「でも、カルメンもシャルロットも結局は男を一人破滅させる女性でしょう。自分の魅力で!(笑)。今回は、どこをとっても名曲尽くしの《カルメン》で、皆様が満足して下さる舞台を作ろうとみなで意気込んでいます。ぜひご覧ください!」
高田正人(ホセ)、小川里美(ミカエラ)、与那城敬(エスカミーリョ)、清水のりこ(エレクトーン)と豪華共演陣も楽しみだ。
取材・文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2018年1月号より)
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ビゼー:《カルメン》(ハイライト版)
2018.2/4(日)16:00 ヨコスカ・ベイサイド・ポケット
問:横須賀芸術劇場046-823-9999
http://www.yokosuka-arts.or.jp/