作曲家イェルク・ヴィトマン、その審美眼の核心に触れる ~東京オペラシティ〈コンポージアム2026〉

左より:イェルク・ヴィトマン ©Marco Borggreve/クリスタ・シェーンフェルディンガー/セルゲイ・ナカリャコフ ©ThierryCohen

 改修を終えた東京オペラシティ コンサートホールで7月、名物企画「コンポージアム2026」が幕を開ける。今年の主役はドイツの鬼才イェルク・ヴィトマン。現在世界でもっとも作品が演奏される現代作曲家で、指揮者、クラリネット奏者としてもマルチに活動している。今回はその怪物ぶりを体感するスリリングな機会になるはずだ。

 注目は東京都交響楽団を相手に、ヴィトマン自身が自作のタクトを執る「イェルク・ヴィトマンの音楽」(7/9)。ここで演奏される3作品は、曲想こそ多様だが、それぞれが人間の知性や身体性を極限まで追求している。

 「アルモニカ」(2006年)はデリケートで官能的な音響設計に特徴がある。この世のものとは思えないグラスハーモニカ(クリスタ・シェーンフェルディンガー)の倍音の響きをチェレスタやメタリックな打楽器、アコーディオン(大田智美)などで拡張し、オーケストラへ地続きに接続することで音色の多様性を生み出している。弦楽器などで音程を細かく分割し、ミクロな音程のズレをクラスター状に重ね合わせてゆらぎや滲み、波動を細やかに張り巡らせる手法は、リゲティやクセナキスの音響美学を思い起こさせるが、ヴィトマンはそれを聴き手の身体を揺さぶる洗練された表現へと昇華する。

 「アド・アブスルダム(不条理)」(2002年)は、圧倒的な超絶技巧を持つトランペッター、セルゲイ・ナカリャコフを念頭に、能力の限界に挑んだ協奏曲である。狂ったように疾走するトランペットにオーケストラが並走し、時には行く手を阻むように介入していく。その常軌を逸したスピード感は、一瞬の気の緩みも許さない。走り続けながら凄まじいエネルギーを発散させる“不条理”なまでのアクロバティックな動きが爽快なカタルシスをもたらす。

 掉尾を飾るのは、今回が日本初演となる「バビロン組曲」(2014年)である。2012年にバイエルン州立歌劇場で初演された3時間に及ぶ大規模なオペラを、ヴィトマン自身が40分弱の管弦楽曲へと再構成した本作は、天地創造を思わせるカオス的な音響で幕を開け、退廃的で抒情的な旋律がベルクやマーラーを彷彿とさせる濃密なオーケストレーションへと流れ込み、軍楽隊が不穏なパレードを先導する。クライマックスでは序盤に出てきたセンチメンタルなテーマが怒涛のドラマへと膨れ上がる。現代音楽をベースにしつつ、聴き手を熱狂させる高揚感には、優れた映画音楽のように物語を音でドライブさせるセンスが感じられる。

 ところで本公演のチラシの写真に目をやると、ヴィトマンが向かうデスクには手書きの楽譜が置かれ、手には鉛筆が握られている。楽譜作成ソフトが普及した現代において、膨大な情報を詰め込んだ巨大なスコアを、どうもヴィトマンは自らの手で一音一音書き進めているようなのだ。人間離れしており驚異というほかないが、複雑なロジックを張り巡らせながらも、決して身体性を失わない創作の秘密はこのあたりにもあるかもしれない。

 他に7月8日には、こうした創作の核心を紐解く入場無料の「イェルク・ヴィトマン トークセッション」(聞き手:長木誠司)が、12日には、25ヵ国の出身国・出身地域からの112の応募作の中から、ヴィトマンの単独審査を経て選出された4作が若き才能を競う「2026年度 武満徹作曲賞本選演奏会」(杉山洋一指揮、東京フィルハーモニー交響楽団)が行われる。興味深いことに今年はアメリカ(北京生まれ)、日本、韓国、中国とアジア勢からなり、製薬会社のサラリーマンやヒップホップアーティストといった異色のキャリアを持つ人材が揃った。選考にみられる審美眼も含め、ヴィトマンの思考に多角的に迫るコンポージアム、今年も目が離せない。

文:江藤光紀

(2026年7月号より)

東京オペラシティの同時代音楽企画
〈コンポージアム2026〉イェルク・ヴィトマンを迎えて
イェルク・ヴィトマン トークセッション

2026.7/8(水)19:00
イェルク・ヴィトマンの音楽
7/9(木)19:00
2026年度 武満徹作曲賞本選演奏会
7/12(日)15:00
東京オペラシティ コンサートホール
問:東京オペラシティチケットセンター 03-5353-9999
https://www.operacity.jp/concert/